石橋を叩いても渡らないかも?: 日記

2006年06月12日

今朝、地震!

今朝、5時ごろ地震があった。うちは木造二階家なのでかなり揺れた。すぐNHKの速報を見たが、震源地は大分県で震度5弱が広島、大分、愛媛だった。すでに起きていたのだが時計を見て、一瞬11年前の阪神淡路大震災(1995年1月17日午前5時46分)を思い出した。季節は違うが、やはり早朝である。

今は初夏に近いので5時といっても明るく、すでに外気は暑い。十一年前の神戸の地震ときは、まだ真冬の朝五時過ぎだったからほとんどの人が寝入っていたと思う。規模も違うとはいえ、もしこれが同じ真冬の早朝だったらと思うとゾッとする。さいわい、ほとんど被害も出ていないようなのでまずは、一安心だ 。                                                                           
11年前の阪神淡路大震災のときも家にいた。あのときは揺れで目が覚めてテレビ速報をみたら阪神地方だというので親戚の安否が気になり、すぐ電話したのだがつながらない。その状態が終日続いた。テレビ中継で上空からリアルタイムに破壊された神戸の街が延焼していく様子が伝えられた。日本中の人が燃え盛る火がくい止められない状況をジダンダ踏んで見ていた。死者は6千余人、ほとんどが建物崩壊による圧死だった。

あの時の教訓で印象に残るのは、新建築基準で建てられた建物がほとんど大丈夫だったことで、みんなの意識の中で耐震強度の見直しが再認識された。つながらない有線電話から携帯電話へと普及に加速がついた(普及し過ぎて今度は携帯のほうがつながらない)。全国の若い人たちが被災地でのボランティア活動に大勢参加した(そのボランティアの中に現長野県知事、作家田中康夫氏の姿があった。のちの知事選に大きく影響したと思う)。

あれから11年再認識されたはずの防災意識は時間の経過とともに、人々のこころから薄らいで来ている。今朝の地震でも、NHKが揺れの大きかった町の役場に電話をしたら、当直の寝惚けたオジサンが「詳しいことは消防署に聞いてくれ」とはからずも、役所として何も把握しておらず、またそのための初動体制すら取っていないことを全国に電波で流してしまった。

実被害がなかったからよかったものの、もし大きな被害になっていたらと思うと、お上の掛け声もいつものことながら地方の末端までは届いてない。よく防災訓練で町役場の放送設備が緊急用バッテリーがアガッテいるのに気がつかないで使えなかったとかいうのと一緒だとおもった。こういう能天気なお役人は耐震偽装で作られたマンションにでも住まわして、震度5以上の地震でおもいっきり揺さぶらないと職務を自覚しないのかもしれない。                               

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2006年06月09日

幻想から脱出

今、思い出してみれば日本が高度成長期の時代、いまよりずっと劣悪な生活環境や労働条件だったにもかかわらず、当時の国全体の流れとしては、日々得られていく物質的豊かさにすべての国民が酔いしれて、冷静な視点で負の部分を指摘し警鐘を鳴らそうという姿勢が、はたして日本に本当に在ったのだろうかと考えることがあります(一部の負の当事者や運動家にはありましたが)。

戦後、GHQから与えられたとはいえ主権在民の本当の民主主義がスタートし、敗戦の痛手から復興を目指していた日本にとって「豊かな国とその生活を」という目標はイデオロギーや手段の違いはあっても、資本家および労働者双方の共通の目標でもありました。その間にアメリカ追従の保守勢力と社会主義を前提とした革新勢力の永遠ともいえるバトルが繰り広げられるのですが、国民生活が充実してくる事によって、いつしかそれは国民の日常の生活意識から離れていき、プロ運動家たちだけの闘争となって現実感の伴なわないものになっていったのだと思います。

実際には60年、70年を節目とした学生や労働団体による大きな闘争があるのですが、それもセンセーショナルな側面しか伝えないマスコミ報道をテレビで眺めている大半の国民にとって自分達の生活とは縁の無い(と思っている)意識の外の世界でした。

いまよりもっと巨悪な利権政治家や、営利最優先公害垂れ流し企業など、それらが巷に溢れていましたし、組合も労働貴族と呼ばれるパラサイト集団がアグラをかき、選挙のためだけの組織(いまの某宗教がその様相と似てきている)として、どんどん真の民意から離れていきました。まじめに政治に向き合わない大衆の無関心を嘆げく声はあがっても、毎日飽食に明け暮れしている人たちの耳には、地道な少数の活動家達の声はもう届きませんでした。

わたしは基本的には性善説派なのですが、現実には人間は性悪説をとったほうがよいのではないかと思う事もあります。バブルがはじけて幻想から目覚めて気がつけば、こころの貧しさ故にお互いにねたみあい、傷つけあい、疑心暗鬼が蔓延しています。いっそノアの洪水かなんか起こって、みんな(わたしも)流されてしまったほうがいいのではないかと思ったりもします。でも信じたい。少しでも可能性があるのなら。人間はそんな愚かな動物ではないはずだと。

この日記が駄文だったと後になって笑って話せる思い出話になることを夢見ています。

ウィリアム・クライン(写真家・アメリカ)の作品で世界の都市シリーズで60年代の東京を撮ったものがありますが、高度成長期の中の日本の混乱ぶりがレンズの目を通して冷静に描かれています)

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posted by ゲゲゲのイチロー at 20:32 | Comment(0) | TrackBack(1) | 日記

2006年06月08日

フィルムVSデジタル

けっこう時間が自由になるので早く記事を書いてしまえば良いのだが、いつもダラダラとしているうちに出勤時間が迫って来る。そのころになって、ようやく文面が浮かんでくるのだ。だからいつも遅刻。

わたしはモノ書きが仕事じゃないし、映像のほうはキャリヤは長いけど現役じゃない。まして今の時代はアナログからデジタルへと、急激に変化しているときだから、過去の経験や知識は図書館の書棚より、博物館の歴史資料棚に展示したほうが良いくらいだ。でも表現媒体がどんなに変っても、それを扱い受けとめるのは人間なのだから伝える中身や目的は何も変らない。

この間、朝日新聞(6月5日付)のコラム(きょうの論点)に篠山紀信さんと赤瀬川原平さんが載っていたので、ちょっと懐akasegawa.jpgかしくなって目をとめた。紀信さんが40年生まれ、原平さんが37年生まれだからそれぞれ66才と69才kishin.jpgだ。若い人から見ればジジイの歳だがまだ現役なのでうれしい。赤瀬川さんはもともとは作家だが、途中から発表活動に写真も取り入れてわたし達を楽しませてくれた。

その2人が好対照な意見を述べている。紀信さんはデジタル時代の中にいる現役としてクールに写真界を語り、原平さんはフィルム時代の写真の良さををホットに懐かしむ言葉でつづっており、どちらも納得の出来るコメントで若い方たちにも理解してもらえると思う。

ときどきいろんな出版物で若い写真マニアの人がレトロなカメラで撮影した作品を発表しているのを見かけることがあるが、我々の時代はその原始的で未完成な道具で苦心惨憺して、いかにリアリティに近づけるかが腕のみせどころだったのに、その未完成さが素敵だと喜ばれるなんて想像もしていなかった。今はよき時代だと思う。

街を歩いていても、あちこちで携帯電話を前方にかざして写真を撮っている光景をみかける。だれでも手軽に映像を楽しめる時代になった。でもこれは裏返していえば、それを商売にしていた者達にとって受難の時代だともいえる。だからプロは切磋琢磨してもっと素人に真似の出来ない作品作りに専念しなければいけないのだ。これはどの業界にも通じる事で既得権益に甘んじていたら足元をすくわれるのは、次はアナタの番かもしれない。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 21:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年05月27日

しあわせって?

昨日は何も頭に浮かばなくて外出する直前に無理やりヤッツケ記事を仕上げてしまったけれど、反応はモロ最悪。手抜きはいけないことだと日頃、人さまの批判記事書いているのに自分が手抜きしてたんじゃ、このブログも微弱な揺れにも耐えられないかもしれない。

朝は、会社の近くの喫茶店でモーニングコーヒーなんだけれど、来店する客は朝のラッシュを避けて早めにマイカーで出勤した人たちが会社が開くまでの束の間のモーニングタイムだ。

職業も色々だけれどみんな顔なじみだから、声かけなくてもこころの中で互いの確認をしている。混み合うときは相席になるのだが、そのとき初めて会話交わして何時も見かけたオジサンがじつはご近所(会社が)の自動車販売店の社長さんだったり、川向こうの女子高の校長先生だったりするから面白い。
でも普段は自分の指定席(みんな勝手にそう思っている)で、それぞれ朝刊読んだり、なにか仕事の書類のチェックしてたりしてるので話しかけることはしない。

みんなが勤め先に向かった後のガランと空席ばかりが目立つころに、暇なご隠居さんやオバちゃん連中がダベリに来る。この人たちはお話(会話)が目的なので、いつ帰るのか判らないのだけど、暇な店内も枯れ木の賑わいで、やっと手の空いたマスターも調理場から出てきて話の輪に加わる。

以前はマスターは働きづめで休憩をとるということをしない人だったから、三年前、とうとう仕事中にぶっ倒れてしまった。救急病院に運ばれ、即緊急手術となったのだが、長年の不摂生が祟って術後も予断を許さない状態だった。みんな心配して(毎朝の行き着けのお店がなくなるのではと、別の意味で心配してた人もいたが)面族謝絶が解けると、それぞれがお見舞いに行った。
ベットに横たわる童顔のマスターがまるで別人のように老け込んで、お互いの目線が合ったとき、わたしに気がついて彼が何か言おうとして口を開くのだが言葉にならない。手術の為に剃った頭のネットが日頃の彼の印象を変えてしまって痛々しい。彼は同郷のひとつ下の後輩なので自分のことのように悲しかった。あの明るい笑顔がもう見れなくなるのではと不安だった。

いつも忙しくてテレビを見なかった(つけなかった)マスターが、いまはご隠居さんやオバちゃん連中と一緒にテレビのワイドショーを見ながら盛り上がっている。その時間だけ退院後から来てもらっているパートさんに任せて遅い朝食とりながらみんなと話してる。
わたしはそばで見ているだけで話の輪に加わらない。

人のしあわせってなんだろう。

みんな毎日を一生懸命生きてきて、健康ならばこうやって老若男女にかかわらず、会話がはずむ。隣に出来たマンションのおかげでテレビの映りが悪くなったとご隠居さんは嘆く。オバちゃんはカラオケ仲間が新しい店見つけたからいまから行くのだとメール打つのに余念が無い。

雨があがったので、わたしは店を出て遅い帰宅の路についた。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 11:52 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2006年05月20日

補足、年老いた猫

前回の補足記事になります。
いつものことながら時間が経って読み返すと、ここが足らない、ここが説明不足、ここは逆にも解釈できる。いやはや、自分の文章力の無さにつくづく情けなくなります。

昨日の記事で原爆資料館に再び足を踏み入れないと書いたのはリニューアルされた新しい館内に満足して行かないと言ったのではなく、幼いときに観たあのオドロオドロした恐怖は、自分がなにも理解できない子供だったからなのか、大人になって再び観たときは、冷静に見れる成人だから感じ方が変って見えたのか、自分でも判断できないまま過ごしてきました。

先日、ある三人連れのお年を召された女の方のグループとしばらくの間、行き先を伴にする機会がありました。女の人は幾つになられてもオシャベリ好きです。

会話はトントンと弾んで原爆投下の日の話になったとき、ひとりの方(三人のうち一番若い。といっても80歳は越えているとお見受けする)が「あんなもんじゃないよ(資料館のこと)・・・。あの日のことは、いまでもハッキリ覚えてるよ・・・。どこまで今の人たちに伝わるのか・・・。」さっきまでハシャイでた連れの老婦人は二人とも黙りこくってしまいました。いつまでもじっと前方をみつめていらした一番年上の方(93歳だそうです)の深くシワに刻まれたお顔が、何も語ろとしない彼女の表情が、わたしには一番印象的でした。

資料館としての構成は完璧です。おそらく権威のあるビジュアルデザイン会社に委託してリニューアルしたのでしょう。意図しなくても歴史資料として伝わることは、観る人たちに、遠い遠い、昔ばなしを聞かせるみたいで、オバケ屋敷(時代)を知っているわたしには、もう自分の行く所ではなくなったと少し寂しく感じているのです。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 18:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年05月19日

年老いた猫

基本的に、群れることは好きでない。スポーツも団体競技は鑑賞するが、いままで自分が好んでやってきたスポーツはいずれも個人競技だ。動物に例えると犬よりも猫に近いと自分自身勝手に思っている。
この間ラジオ聞いてたら、深夜に猫族会議(ノラ、飼い猫問わず参加自由)が人知れず開かれているという。猫の行動を研究するグループのコメントだが信憑性はどうであれ、ブロガーのコミニュケーションみたいで面白い。
まあ、猫科のわたしでも長年生息していると、自分なりのポリシーみたいなものが出来てきて、それが色んな判断を迫られる状況に置かれたときの振り分けの基準となる。

おそらく日常生活で日本で一番たくさん「平和」という言葉を目にし、siryoukann.gif耳で聞く環境にいる「広島の自分」は何処の団体にも属さず、かと言って決して無関心ではなく、自分なりの結論を求めて今日まで生きながらえているのだが、「平和」もバーゲンみたいにテンコ盛りで毎日々々聞かされるとうんざりしてしまう。
職業がら市内の観光ガイドみたいなことを仰せつかって、何度か広島に来られた方をご案内したことがあったが、原爆資料館まで来ると入口までご案内し、わたしは入らない。
ひとつには私自身が怖がりで、過去に二回だけ観たことがあるが、最初は昭和30年の開館したばかりのときで、無造作に陳列してある遺品が妙にオドロオドロして、幼いわたしにはお化け屋敷よりも怖くて二度と行こうとは思わなかった。それから数十年、先程いったように業務命令のようなかたちで市内をご案内する任務を受けたとき、下見として二度目の来館となった。展示会場の広さにはさほど変化はなかったが、見違えるような現代のビジュアルデザインの粋を凝らして、訪れる方たちに、より理解して頂くよう、リニューアルされた館内に驚いてしまった。
あの素人っぽい無造作な展示の資料館のときの怖さはないことが、改めて年月が経ったことを窺わせ(わたしも大人になった)、それがわたしを再び資料館の入口をくぐらせない理由でもある。

わたしの「平和」という言葉の定義づけは「他の人を思いやる心」である。これは百万遍の平和スローガンよりも、より平和に近いと思う。


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posted by ゲゲゲのイチロー at 19:11 | Comment(2) | TrackBack(1) | 日記

2006年04月08日

貴方はWindows派、それともMac派?

imac.gifちょっと、みんなとテンポずれているかも知れないけど、MacでWindowsXPが使えるってニュース入っていたけど、個人的には今のところ、様子見ってところかな。
もともとMacからPC入門したこともあって一昨年までは頑固なMacユーザーだったんだけど大勢には逆らえず今や立派なWindowsユーザー。

うちは部屋広いからディスクトップ複数台あっても一向に構わないし、実際にWindowsだって作業するときは2台同時に使うことが多い。
だからデュアルにするメリットがよく解からないけどノート一つで外出したときは便利いいかも知れないな。

実はMacにはちょっとした思い入れがあって、若いときの友人でPCショップの店長していたのがいて暇なときには彼の事務所に遊びにいってたのだけれど、そのとき見たのがMac.
当時国産はオフコン主流で一般ユーザー向けにはNECディスクトップが出たばかりっだったと思う。個人的には取引先の関係でSHARPのMZ−80ていう機種を持っていたんだけれどアプリケーションソフトなんて無い時代だから、一生懸命BASICを勉強して自分でコマンド打って遊んでいた。

そういうときに目にしたのがMacだったから衝撃的だった。友人は仕事中にディスプレイで遊んでいる。もう記憶が定かではないので間違っているかもしれないが、こっちは簡単な数式が作動出来たと喜んでいるのに、彼は画面にアートを出力して、しかもそれがゲームで動いている。
欲しかった。
でも価格が安い普通自動車一台の価格と同じ位だったから手が出なかった。

それから十年余りPCと遠ざかっていたのに急にやりたくなって購入した機種が、あこがれのMacだったという訳。
アプリケーションさえ充実してくれればまたMacやりたいなあ。
と思っている今日この頃です。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 19:53 | Comment(0) | TrackBack(1) | 日記

2006年04月06日

わたしの感覚は進化していません。

今朝、出勤時にタバコを持って出るのを忘れた。
会社に着くまでの辛抱と、しばらくは我慢したが道のりが遠いのと早朝ラッシュに巻き込まれてイライラはつのるばかり。

もともとヘビースモーカーでも無いわたしは、会社の同僚が気がつかない程度の喫煙者なので、まわりから「いっそのこと辞めてしまったら(タバコを)。」とよくいわれるが、無ければ無いで落ち着かない。

我慢できずに途中のコンビニで車を止め、タバコと使い捨てライターを買った。
ライターを買うときにふと気がついたのだが、ひとつの陳列には105円のライター、隣りの陳列には200円のライター。大きさはほぼ同じくらいなのに値段が倍近くも違う。

コンビニーのお姉さんに「何故、こんなに違うの?」と訊ねてみたがよく解からないとの答え。もともと好奇心旺盛なわたしは高いものはそれなりの理由があるからだと自分に言い聞かせて200円のライターを買った。通勤時間の遅れを取り返すべく足早に車をスタートさせた。

そして車が赤信号にかかった時に、さっき買ったライターでタバコに火を着けようとするが着火しない。何度試してみても駄目。買うときに点火してみればよかったのにと後悔したが、もう車を止める気にはならない。会社に着くまで我慢しようと胸ポケットにライターを仕舞いかけ口金の部分が手に触れた。「熱い。」
ちゃんと火は着いていたのだ。ためしに手をかざして暗くしても炎は見えない。

おもわず苦笑いした。頭に「環境に優しい完全燃焼の使い捨てライター!」のキャッチコピーが浮かんだ。でもさあ〜炎が見えなきゃ着いているのかどうかわかんないじゃないの。

マイカーの故障は大抵の事は自分で直す。自称整備士なみの腕なのだ。
以前、方向指示器のリレーが壊れてパーツ屋に行って新しいリレーを購入するときに店の人が「純正にしますか、どうしますか?」と言うので、どう違うのと訊ねたら純正は作動した時にカチカチと音がする。他の互換メーカーの物だと安い代わりに音がしない。昔はリレーもアナログだったから構造的に音がするのが当たり前だったのに、いまや電子回路が全盛の時代はわざわざ音が出るように手間かけてあるのが純正なのだ。

科学や技術は進歩するけど、それを利用する人間はさほど進化していない。
炎の見えない完全燃焼ライターや耐久性に優れた電子回路の無音リレーはわたし(原始人)の視聴覚には馴染まない。

(追記)ライターが高かったのは別の理由でした。



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posted by ゲゲゲのイチロー at 14:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年04月05日

いま、わたしが一番望むこと

わたしの稚拙なブログでも訪れてくださる方たちがいらっしゃることを嬉しくおもいます。
書かれてる内容に同意いただけないまでも、世の中にこういう想い(意見)の人間もいると、すこしでも伝わることが出来たならブログとしての役目を果たしていると思います。

人それぞれの立場や価値観の違いがバリアーをつくり、それを乗り越えることなく、限られた範囲でのコミュニケーションが形成されていた時代には、求めて行かぬ限り他の人たちの生活とか、思いは伝わることはありませんでした。

遠くに住む人、生活環境や世代の違う人、日常接することの出来ない人たちと文字の上だけではありますが、手軽にに意見が交換できるなんて一昔前では想像も出来ませんでした。


人はみんな「しあわせ」を求めています。
向かう先が見えないと、それぞれの道を選んだ人たちとの間に疑心暗鬼が生まれます。
わたしは難しい思想のことなどはわからないけれど、例えどの道を選んだとしてもみんなが「しあわせ」に近づくことが出来たら、それはそれでいいと思います。

失敗を恐れずに。

例え失敗しても再度チャレンジすればよいのですから。

(最初に投稿したあと、削除、修正を繰り返していたら文面が原型を留めないほど変わってしまいました。いったい何を言いたかったのでしょうか。)


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posted by ゲゲゲのイチロー at 21:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年03月05日

ふと、おもうこと

最近、心に留める話題も無いので思うように筆が進まない今日この頃なのですが、それは平穏な日々が続いていると解釈してよいのでしょうか。

でも本当は毎日、センセーショナルな話題に私を含め
巷のブロガー連が街のレポーターよろしく、書きまくるこの様を 、ふと振り返ってみて「自分がやっていることは、日頃みんなが批判の標的にしてるマスコミやワイドショーのレポーターと同じことを自分たちもやっているのでは?」と、

社会批判がいつのまにか自己顕示にすり替っていないかと思ったりもします。

何の為の批判なのか、何の為の主張なのか、

筆が止まる時間があることは、そういう自分を改めて見つめ直す良い機会だと思います。

言いたいこと、書きたいことを自由に表現できるこの世の中に生きれたことを感謝します。

わたしのブログのサブタイトルにしている「こどもの視線」を忘れない為にも。


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posted by ゲゲゲのイチロー at 17:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年02月14日

今日も うつ状態です。

2月14日はバレンタインデーということらしいのだが、もうそういう話題と最も縁遠いオヤジにしてみれば、若い人たちのそのことでウキウキしてる様を見るにつけ、羨ましいとヤッカんでいる今日この頃です。

でも、うちの優しい事務員さんは社のオヤジ連中がひがまないように、みんなにチョコレートをちゃんと買ってきてくれてた。義理チョコとわかっていても自分の女房にすらそんな気配りをしてもらえないオヤジ連はニヤニヤうれしそう。これも今風にいうと癒しだね。


「ひとの噂も七十五日。」
わたしがブログつけなかった間にトリノの冬季オリンピックは始まっちゃうし、マスコミの関心はもはや、ターゲットとすべく新しい獲物に関心が移りつつあるが、ライブドアやマンション偽装問題が落とした影があまりにも大きくて人々の脳裏から消え去るにはまだ当分時間がかかりそう。

政治家たちは小泉首相引退に向けて自分たちの足場固めに余念がなくて、ひそかにその座を狙っているのもみえみえだが、そんな政争なんか庶民にはどうでもいいことでこの重苦しい閉塞感から一日も早く開放されたい。

過去のことなどドンドン忘れていくしか未来はないのか。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 15:48 | Comment(0) | TrackBack(1) | 日記

2006年02月09日

わたし的お休みの過ごし方 続編 

おとといは紀子様ご懐妊のトップニュースをみながらブログで、地方に住んでいると皇室は遠い存在だというようなことを書きましたが、個人的には少しながら思い出があるのでそのことを書いてみたいと思います。

自分がまだ社会人として駆け出しの頃、いまの天皇ご夫妻がまだ皇太子ご夫妻だったころ様々な行事で地方に来られたとき、待ち受ける立場として失礼があってはならぬと、日頃はラフな格好をしているのを当日だけは正装して出迎えたように思う。(まわりの関係者もすべてそうだった)

それから数十年、同じ地に天皇ご夫妻として、ふたたびおみえになられたとき、そのときは社もやめて出迎えの群衆の一市民だったのだが、ふと気がついたのは直接の関係者たちも、みんな軽装でお待ちしているのを遠くからみて、あらためて長い年月の流れとともに、より身近な皇室になったのだと、そう感じた。(いいことです。)


おまけ
欧米のマナーとして車に乗るときは女性を先に乗車するよう、男性がエスコートする。よって歩道側のドアの方が男性の席になる。ところが皇室の場合は、女性は後から乗るから歩道側のドアの席になる。これは男尊女卑のせいではなく、観衆の市民に妃の笑顔が常にみえるよう配慮されたものだと思う。(やはり皇室ニュースの主役は女性なので、小泉さんが皇室典範改正を推し進める以前に、すでに主役は女性であったのかもしれない?とこれはわたしの勝手な感想)


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posted by ゲゲゲのイチロー at 06:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年02月08日

ブログカスタム化への第一歩

ブログやりはじめて、すこし慣れてきたので自分でカスタム化に挑戦しました。

スタートのときからいつかやろうと思っていたのですが、身近に詳しい人もいません(私の周りはインターネットやってる世代からずいぶんかけ離れてる世代なのです)。

去年の末にカスタム化する為にお奨めのブログサービスに変わりました。

そしてお奨めのマニュアルも購入しました。その本は推薦されるだけあって懇切丁寧に基礎から応用までわかり易く記述してあるのですが、だだ困るのはやってみたい事に途中からいきなりページを飛ばしてみても、最初からステップを踏んでいかないと解らないのです。

そのステップの多さにいつになったら楽しく改良できるのか途方にくれているときに、みつけました!

ブログをカスタム化する、我がブログのためだけにあるような親切ガイドブログ。最強?無料Seesaaブログで簡単にHP作成!という非常に長ったらしいタイトルのブログを。

ピンポイントでこちらが知りたいことだけを丁寧に説明してあるのです。


日々の出来事などを日記につづるのも楽しいけど、空いてる時間に少しづつオリジナルなブログが出来上がっていくのを見るのも楽しいものです。

まだフォントをつついたりリンクはったり、初歩の初歩ですが-------。




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posted by ゲゲゲのイチロー at 13:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年02月07日

わたし的 お休みの過ごし方

昨日はひさびさの雪、
風邪気味だから大事を取っておやすみ。

することがないから日ごろ見ないテレビをみてたら、紀子様ご懐妊のニュースがトッップだったけれど、地方に住んでいて一番身近でないコトを挙げよといわれたら、皇室と歌舞伎だろうね。
どちらも直接かかわる機会はないし、こちらから足を運ばない限り、目にすることも無い。

テレビという媒体が映像で伝えてくれるから知ってるだけで、どちらも熱狂的なファン?以外みんなそうじゃないかな。そう意味では身近に感じられる都心に住んでる人が羨ましい。

でも、このニュース番組の木村○郎ていうキャスター、私が知ってるある新聞社のエライサンが、「彼はアメリカ在住時代になかなか日の目をみなくて、色んなところ(マスコミ)に売り込みに回ってたけど、うちの社にもきたな〜。よくうかびあがれたよね〜。」と感慨深げにいってたのを思い出した。

な〜んてゼンゼン関係ないコトだけど、いまテレビみてます。
たまにはいいねテレビも。


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posted by ゲゲゲのイチロー at 18:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年01月21日

ジェネレーションギャップ

まだ正月休暇続いてます。
会社からも呼び出しメールこなくなっちゃった。ヤバイかも。
おかげで毎日、ネットサーフィンしてちょっと気になるブログにはコメント書いて、おせっかいオヤジの本領ハッキしています(はやく仕事いけ!)。

あらためて素敵なブログにたくさん遭遇しました。
人気ランキングブログをサーフィンするのもいいけど世の中、謙虚にブログ書いてる人も大勢いるのね。肩に力が入ってない、さらりとした文面がその人の知性や生活をうかがわせるセンスのいいブログに出会うと、おもわずお手紙差し上げたくなる(じゃなくてコメントしたくなる)。
(なんか、おネエ言葉になってるけどオカマじゃないよ。)
初心者の私としては、参考にしたいと思ったりもするわけ。
でもさ、ブログっておもしろいね。

若いときの前の仕事はイマフウにいうと「トレンディ」な仕事だったから、モテるとこまではいかないまでも廻りからうらやましがられることが多くて、またそれを意識して毎夜のように遊び歩いていたけれど、ある日からパタッとやめてしまった。
ある日、いつものように、飲みだすと止まらないハシゴ癖の私は飛び込みで見知らぬパブに入っていったのだけれど、その店で盛り上がっているグループにいわれた言葉でいっぺんに酔いが醒めてしまった。
その言葉は、今となっては正確に思い出せないけれど、たしか「何いってんのよオジサン。おもしろくねーよ。」みたいな内容だったと思う。
ガクゼンとした。
いつまでも若いと思っていた自分が拒否された。
身はともかく心は若者である自分がオヤジあつかいされた。ガーン

次の日から飲みに行くところは行き着けのスナックだけになった。それも年をとるとともに店の女の子の世代も代わり、話があうのはママだけになって、やがて夜の街に出ることもなくなった。

若い人(とおもう)のブログをよむと楽しい。
書いてある内容によっては昔の自分を思い出す。
ブログの世界(店)では席を隣りにしても罵声をあびせられることもない。
(余計な口出しさえしなければ)

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posted by ゲゲゲのイチロー at 14:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年01月17日

世捨て人の薦め その二

inroh.gifせっかくとった休みなのに毎日何もしないまま、三日間過ごしてしまいました。
会社からはいつ出てくるのだとメールがくるし、私のおそい正月休暇もおわりです。
私の身近な友人に時代劇ドラマが好きな奴がいて、家に遊びにいったとき彼が外出先から戻ってくるのを待っている間、周りに積み上げてある録画ビデオを暇つぶしに観る。

ドラマのストーリーはクライマックスになると主人公(正義)が代官(悪)の命令に忠実な大勢の侍達(悪)をたたっ切り、最後は主人公が勝利してメデタシメデタシとなり平和が戻る。
ここでいつも私は不思議におもう。だれのための平和なの?。
あのとき上司(代官)の命令を疑わず、忠実に従って切り捨てられた武士たちは----。友人はそんなドラマの観かたは邪道だという。

ドラマを見ているあなた。あなたの視点は、ブラウン管の外から観ているあなたの視点は、目の前で起きているドラマのひょっとしたら通行人の町人かもしれない。いや画面に入り切れないけれど悪代官の命令で主人公に刃をむけて立ち向かっているその他と呼ばれる武士たちの一人かも知れない。
現代劇でドラマ化するとあまりにもナマナマし過ぎるので時代劇にしているのだという説もある。

今の若い人達からみれば、すでに昔とも言える数十年前、国内でも自分を正義と信じている若い人達同士が闘った。海外でも国と国が自国が正義と信じて戦った。

それをブラウン管の外で観ていた私はいつも平和って(正義って)何なんだろうと思っている。

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2006年01月14日

世捨て人の薦め その一

会社に「少し疲れたから、しばらく休む」とメールしました。
じつに一ヶ月ぶりの休みです。でもメールしたのは夜になってからで、しかも今日は週末、おまけにEメールだから週明けまでは返信こないから、久しぶりにくつろげます。
連絡がすべてメールなのをフシギに思われるかもしれませんが、基本的に自宅電話でのやりとりはしません。もちろん電話は加入していますし、通話もできますが着信のベルは鳴らないよう切ってあるので外からの連絡はE−メールのみです。

以前は持っていたのですが、今は携帯電話すらありません。
理由は便利さのメリット以上に、どこにいても掛かってくるわずらわしさが苦痛。
これだけ普及したのに、様々な追加オプションと、ほうがいな通話料で儲けまくる公共通信としての自覚の無さ。(それでいて災害など緊急時にはオーバーフローしちゃってまったく役に立たない)

この間、ローカル局のラジオ番組を聴いていたら、地元ではメジャーなスポーツ担当のあるアナウンサーは局内で唯一人、携帯電話を持っていないという。理由を訊ねたら本人いわく、「緊急を要するような連絡は一生で一度有るか無いかだ」と平然と答えたという。すばらしい。

不便さは覚悟していましたが、それに代わるこの何人にも管理されないこのノビノビ感はストレスのたまりやすい私にとって最高の防衛策です。

若い頃、山奥のキャンプ場で長期間滞在(ビジネスですが)しているときに外界から遮断され、テレビも新聞もなく毎晩、満天の星空をながめて過ごしたあの爽快感にはおよびませんが。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 22:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年01月01日

あけましておめでとうごさいます

dog-1.gif昨年は右も左もわからないまま、スタートしたマイブログでしたが、年末になってズルしちゃってとうとう年が明けちゃいました。(本当は仕事が忙しくて、この原稿もじつは12月31日に書いているのです)

今年こそはあらたなスタートで書きつづっていこうと思っています。

カット写真が無いから年賀メールに使った画像を載せてます。

いまから出勤で(31日)うちに帰れるのは、たぶん2日だとおもいますが晴れ

いってきまーす。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 10:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2005年12月21日

師匠も走る今日この頃

年の瀬になって、大雪やら、児童誘拐殺人事件やら、はたまた耐震強度偽装事件やら,etc---。
次から次へと世の中大騒ぎだけど、世捨て人(願望)の私でさえ自分のブログを書くことどころか、他の人のブログに目をとおすことすら出来ないこの忙しさは、やはり師走ですかね。

すでに二週間以上なにも書かないままきちゃったけれど、それではあまりにも空白が長いので、何でもいいからと休憩時間を返上して、今タイプしているところです。


個人的なことですが私自身、十二月に入って毎日日替わりメニューみたいに色々な出来事があってパニック状態だったのですが、なんとか切り抜けてきてやっと落ち着いてきた今日このごろです。

ちょっとだけ、興味のある人たちのブログ覗いたのですが、みんなすごいね。よくこの忙しい時期に次から次へと更新していくパワーに感心します。
私なんか一方的に時間取られちゃうと、もう他のことが考えられなくて、そのわりには人に何か頼まれるとすぐ安請け合いする性格だから、色んなことがドンドン溜まっていっちゃって、駆ケズリ回るといういつものパターン。

整理整頓がヘタなので来年は改めようと思っております。

天気予報では、今日夜からまた雪だって!
やだなー。
どうか予報がハズレますように。


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posted by ゲゲゲのイチロー at 15:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2005年11月25日

プロフィール

ハンドルネーム ゲゲゲのイチロー
年齢  50代後半
誕生日 獅子座
血液型 B型
職業  肉体労働者
若いころは職業カメラマン
新聞社、雑誌社、テレビ局等、
のちにフリー、十数年を経て引退

(メール)oriconz@yahoo.co.jp

 

信条
群れることを好まず、けれど誰にでも優しく
暮らし貧しくとも心はいつも真実を見失わず
己の様を見つめ、見つめ直す気持ち忘れず
人のよろこびが自分のよろこびである人生で一生を終わりたい

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posted by ゲゲゲのイチロー at 17:34 | 日記

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