石橋を叩いても渡らないかも?: ローカル(社会)

2006年11月07日

夢よ再び

carp.gifきょうは思いっきりローカルネタでいきます。
我が弱小球団広島東洋カープの黒田博樹投手が今袖取得したFA権を行使せず、来年も広島カープで活躍することを表明してくれました。バンザ〜イ!
とかく、まわりは色々いうけれど、いまや引く手あまたの黒田投手にとってカープに残るか、好条件の他球団に移籍するか随分悩んだみたいだ。「FA宣言すれば(他球団の評価を聞いて広島に)帰ってこれなくなると思った。このチームで優勝したいし、ファンと力を合わせてプレーオフを目指したい」

いまどきこんな奴おるか!泣けてくる。(日ハム優勝の新庄選手のときも泣いたけど)

最初から条件の良いビッグチームを拠点として活躍するのも野球選手にとって夢かもしれないけれど、小さくても弱くても可能性を信じて残留してくれたことは、地元ファンの子どもたちにかけがえのない夢を与えてくれた。

わたしの生まれた翌年に、日本で唯一の市民球団として発足した広島カープは25年間、セリーグの中で一度も優勝したことのない、自他共に認める弱小球団だった。わたしは呉の出身だから冬期キャンプは、当時パリーグ最強の南海ホークスとセリーグ最弱の広島カープが前期後期に分けて呉市民球場にキャンプインしていたのを見て育った。

南海ホークスは監督の鶴岡さんが呉の出身だから、いわばお義理でキャンプしてもらったようなものだが、かたや広島カープは貧乏球団だから近距離の滞在費用のかからない、隣の町の呉市民球場を選んでいたわけだ(宿舎も商人宿風の粗末な旅館だった)。通っていた小学校が球場のすぐ近くなので、子どもたちは授業が終わるとランドセルを放り出して毎日、球場に一目散に駆けていったものだ。あこがれのプロ野球選手を見に。

わたしが成人して社会人となって上京し、広島に帰って来た年に初めてリーグ優勝した。実に長い25年間だった。いまだから言えるけれどカープファンでさえ一生、優勝は見れないと思っていたから、そのときの感激は今でも忘れられない。奇跡だった。なんかこのことを書いていると北海道へ移った日ハムが4年目にして地元道民の声援の中で優勝したシーンがオーバーラップする。

1991年のリーグ優勝を最後に、いまや懐かしの弱小広島カープに戻って久しい。
日々、いまの モノ、カネ、チカラがまかり通るこの暮らしの中で、それに勝るミラクルパワーが再び訪れることを信じて疑わない。だって25年も待てたのだから。
夢は、いつかかなう日が来ることを信じているから夢なのだ。
(写真は中国新聞より)

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posted by ゲゲゲのイチロー at 16:11 | Comment(2) | TrackBack(1) | ローカル(社会)

2006年08月08日

61年目の広島にて(その2)

hiroshima.gif夏休みも残り半分となり子どもたち相手に、早く学校が始まらないかと首を長くしてその日を待っているお母さんたちに対して、もっと長ければいいのにと思っているお父さんたち。通勤ラッシュの無い、つかの間の快適な時期でもあるからだ。
きのう、ひょんなことからYou tubeのサイトにたどり着いた。以前から個人のブログに貼り付けているのを見かけることがあって、興味はあった。ちょっとした探しものは便利。時と場合によってはこういうサイトももっと普及しても良いと思った。


おとといは半分、義務のような気持ちで記事を書いたのだけど、正直いって書きたくない。どんなに書き尽くしても起きてしまった悲惨さの何万分の一にも及ばない。書けば書くほど安っぽい反戦ブログになるような気がして避けていた。
わたしの母方は、生粋の広島人で呉に嫁いだ母と広島市外にあった分家が一軒助かっただけ。本家を始め、たくさんあった親戚もすべて全滅。だから母の身内はいつも心の中の思い出だけ。子どものころに枕元で、昔を思い出しながらポツリポツリと語ってくれた、母が子どものころの広島の話。何十回も聞かされたけれど、それを語っているときの嬉しそうな母が好きだった。


6日の記事にトラックバックして頂いた中にこんなのがあった。
「・・・・・展示を僕の近くで見ていたおばさんたちがこんなことをいっているのを聞いてしまいました。『普通の火事でもこのくらいになるわよね〜』・・・・・」
書かれた方が原爆資料館で館内を見学していたときの話です。
そうなのです。どんなに飾り付けていても60余年の年月は戦争を知らない人たちにとって、歴史博物館で石器時代の石オノを見るのと同じインパクトなのです。

それはもう、わたしの母のように生き残られた方たちの思い出としてしか残り続けることが出来ないのでしょうか。
わたしは戦争をにくみます。


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posted by ゲゲゲのイチロー at 19:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | ローカル(社会)

2006年05月14日

海猿の街

kaiho-dai.gifゴールデンウィークも終わって久し振りの好天気に恵まれた日曜日、爽やかな五月の風と柔らかな日差しを浴びながら、街行く人々の幸せな顔、顔、顔を見ているだけでこちらまで嬉しくなってしまうのです。

人の自慢話と悪口は死ぬほどキライなわたしですが、久々の故郷にゆかりのある「カイホ」の人たちを主人公にした映画「LIMIT OF LOVE 海猿」が6日から全国で上映、興行成績も前回を上回るのではないかの中間報告に人さまの商業映画とはいえ、唯単純に顔がほころんでしまうのです。

オカの警察の「刑事ドラマ」は数々あれど、海の警察「海上保安官」を主役にした映画の大ヒットは初めてはないでしょうか。「ブラックジャックによろしく」で有名な漫画家佐藤秀峰氏の原作を映画化、テレビドラマ化したものですが、日頃の地道な貢献にもかかわらず、目立たない職務の海上保安官たちが、この映画やドラマで脚光を浴びたことは、空気や水の有難さと同様、彼らのおかげで日々の治安が守られていることを日本中の人たちに再認識させました。

と、マエフリが異常に長いのですが、自分の自慢なら幾らでもしたい、わたしの故郷「呉」にその海上保安大学校があるのです。
今日14日のAsahicomに「海猿効果?海上保安学校の受験者、過去最多に」と出ていました。これは舞鶴の保安学校のニュースですが、いずれしても競争率は50倍以上の超難関です。ある意味では生きる目標を見失いかけている若者にとって、ささやかな夢の登竜門かもしれません。ダメモトでいいからチャレンジしましょう。仲々ないよ、こういうヤリガイのある仕事。

前回の海猿に出ていた魔のトレーニングの「両城の200階段」は本当にあるけど地元に住んでいる人たちに聞いても、誰も「海保生」が駆けてる姿を見たことがない。だから安心してね。

(おまけ)海猿にちなんだロケ地はこちらからどうぞ。http://www.kurenavi.jp/html/movie_location_umi.html

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posted by ゲゲゲのイチロー at 17:15 | Comment(2) | TrackBack(4) | ローカル(社会)

2006年05月09日

追伸 ゴールデンウィーク様様(さまざま)

前回の記事で誤解を受けないよう注釈しておきますが、(カッコイイ戦艦大和)とか(カッコイイ戦闘機)の記述は世相に無関心な大人たちや純心なこどもたちは、それが人殺しの道具だという概念より、唯、単にカッコイイから群れているだけのことです。
それを一刀両断に「そんなもの触っちゃダメ、見ちゃあダメ」というのは、わたしのような無学な者の目には、何故か悲しく映るのです。
それは多分、こどもにとって消防自動車や、パトカーがカッコイイのと同じです。

わたし個人的は戦争映画、ヤクザ映画、は嫌いです。(どちらも子供の頃、実体験に近い環境にあったから)。現実はあんなにドラマチックなものでないことはわたしが一番感じているからです。
でも平和時に見る戦艦(自衛艦)や戦闘機は大人の目にもカッコイイのです。

それら諸々の表現というか、声というか、それを何故か一方の方向だけに導かれることだけには、本能的に危険な匂いを敏感に感じます。自然に拒否反応をおこします。

わたしは政治家よりもアーティストの感覚を信じています。(スペイン内戦時のピカソやダリのように)、(キャパやブレッソンやシーモアに憧れていました)

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posted by ゲゲゲのイチロー at 20:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | ローカル(社会)

2006年05月07日

ゴールデンウィーク様様(さまざま)

iwakuni-kichi.gifゴールデンウィークも今日で終わりということで、全国の幹線道路はユーターンの車で大渋滞とのことだ。
映画監督大林宣彦さんの故郷への絶縁宣言で話題になった尾道の「戦艦大和のロケセット」会場は、公開が今日までということもあって、監督の思いとは裏腹に最後に一目見ようという観光客でこれまで以上に盛況とのこと。

大林監督がここまで地元尾道市とこじれてしまった経緯は、すでに色々な方々のブログでも紹介されているとおりであるが、おなじ映像に携わってきた者の端くれとして監督の気持ちは痛いほどよく分かる。それが物創りの職人のこだわりであり、プライドなのだ。
現代のメルヘンを創り続けてきた監督にとって、他人の作品のロケセットとはいえ、舞台裏を見せる(見世物にする)ことは忍びなかったのかも知れない。

でも大林さん、みんな喜んでいるじゃないですか。映画はこうやって創られるのだという素朴な発見と感動。そしてカッコイイ戦艦大和。(ハリボテだけど)
セコい市の観光課の思惑だろうが、反戦市民団体の抗議だろうが、そんなことは全てオリコミ済みで、もっとおおらかに受け止めて貰えないのかな。だって見にきている人たちはみんな戦争なんかキライだろうし、このことで尾道のイメージや監督の作品にキズがつくとは思えない。普段はおせじにも賑わっているとは言えない、ひなびた瀬戸内の小都市に久し振りの活気は、素直に喜んであげてもいいんじゃないかと思う。

おなじゴールデンウィーク5日子供の日、岩国では米軍基地の、年に一度の市民のための基地開放日である。先日基地再編増強化に圧倒的多数の反対票を投じたのに、なぜか市民や観光客がその日を楽しみに25万人も訪れたという。(カッコイイ戦闘機の前で家族連れが記念写真撮ってました)

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posted by ゲゲゲのイチロー at 18:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | ローカル(社会)

2006年04月29日

大林宣彦監督の「故郷への絶縁状」

ノスタルジックな「おのみち」を背景に映画を撮りつづけている映画監督の大林宣彦さんが自分の故郷、尾道で撮影された「男たちの大和」の原寸大の戦艦大和(部分)のロケセットの一般公開に不快感を表明し、公開が終わるまで故郷には帰らないと宣言した。(24日、AsahiCom)

onomichi-1.gif尾道といえば古くは志賀直哉「暗夜行路」、林芙美子「放浪記」の小説の舞台でも有名であるが、やはり日本中の人々に「おのみち」を再認識させたのは大林監督の「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」などの尾道三部作、「ふたり」「あした」「あの夏の日」などの新・尾道三部作と呼ばれる映画の舞台になったことだろう。その大林監督の絶縁宣言で今、尾道市民の心境は複雑である。

瀬戸内の古い町並みが大切な観光資源の尾道に「戦艦大和」のロケセットの一般公開が大盛況というニュースを最初に聞いたとき、なぜか不思議な気がした。
「大和」はわたしの故郷「呉」で建造され、出陣したときも瀬戸内海を南に、やがて伊予灘、豊後水道を通って太平洋を南下したはずなのにと思ったが、ロケに格好の造船所跡や、それにふさわしい撮影場所が尾道にしかなかったからと言う説明を聞いてなるほどと納得したが、それにしても戦争映画のロケセットと尾道はミスマッチだなと思っていた。

この度の件での大林監督のコメントと一般の若い市民の方のコメントをみて頂きたい。
(大林監督のコメント)
 僕の自慢は、尾道に映画の記念碑やセットを残していないことだ。映画を見た人の心に残ったものが記念碑。セットを残そうなどという提案はすべて断ってきた。尾道市にとってはそれが不満だったのだろう。
「男たちの大和」という映画がふるさとで撮影されたことは、誇らしく思う。僕の尾道での撮影スタッフも協力した。でもセットは残すためのものじゃない。スクリーンに映し出されて初めてリアリティーを持つ。単なる張りぼては、夢を壊すだけではないか。
またまた恒久的に残すものとして、戦艦大和の歴史がある呉市につくられたのなら賛成するが、いかにセットを残すかばかりに気を取られた尾道市につくられたことは、大和にとっても不幸だ。
小学生からも金をとって、ふるさとや戦争を商売にしている。セットが公開されているうちは尾道とは絶縁だ。これは、大林映画30年の理想に対する否定であって、怒らないわけにはいかない。
僕の願いは、ふるさとがあるがままに残って欲しいということだ。高度成長期、尾道でも古いものが壊されたが、これからは古いものを残すことが資源になる。「そこにしかない暮らし」を求めて旅人は来るのだから。 (24日、AsahiComから)

(若い市民の方のコメント)
ボクは「なくなる予定」の「ロケセット」には賛成派です。
アレが永遠にあるのでしたら猛反対ですけどね。
新しすぎる尾道も嫌いですが、古きを温めすぎて朽ち果てていく尾道はもっと嫌いです。
大林監督の言わんとすることもわかりますが、尾道のためにならないからと文句を言うだけでなく、「尾道のために今何をしているのか」それが大切だと思います。
尾道を憂うなら、嫌いな物があるから帰らないではなく、尾道に戻ってきて、何かしてほしい。そんな気がします。
最近の大林監督は遠くから尾道を眺めて発言しているだけ・・・そんな雰囲気がして、ちょっと残念です。 (26日、「尾道Jinnのブログ」より)


これを読まれてどう思われましたか。お二方のコメントの是非はともかく、みんな本当に「おのみち」を愛しているのだな〜と、わたしは思いました。
ロケセットはゴールデンウィーク明けに壊され撤去されるそうです。


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posted by ゲゲゲのイチロー at 10:08 | Comment(0) | TrackBack(2) | ローカル(社会)

2006年04月10日

大和ミュージアム

ブログをスタートしたときにわたしの故郷のことを書きました。

「故郷」という言葉から受けるイメージは、自然がいっぱいで四季おりおりの季節感漂う田舎の風景というのがスタンダードなものなのでしょうが、じつはわたしの「故郷」は、戦前は近代国家を目指していた明治政府のチカラ入れで一漁村だった瀬戸内の地に人工的に創られた街、軍港都市「呉」なのです。

城下町でもないこの一地方都市の歴史はこの時点から始まりました。海軍力強化の国策のもとにホウガイな国費をかけ街づくりをしました。その繁栄振りを聞きつけて貧農に喘ぐ地方の若者たちや、働く仕事を求める都市部の労働者など全国から集まりました。
わたしも両親から聞いた事を元に書いているので偏った情報だとは思いますが、さながらゴールドラッシュに湧いて人々が集まった西yamato.gif部劇の街のようではなかったのかと思われます。人口構成は海軍軍人とその家族、軍用艦船を造る為の大型造船所とその資材を供給する為の製鉄所や兵器製造工場、そこに勤める労働者と家族、それらの人々の生活を潤わすべく様々な商人達、ピーク時は猫の額のようなこの街に人口40万人いたといわれています(数倍広い県庁所在地の広島市でも当時40万人でしたから)。

そして敗戦、軍の施設はことごとく連合軍に占領解体され、地方から集まっていた労働者達もそれぞれの田舎や他の都市に去っていきました。残された人たちにとっての生活の糧は駐留軍(当時、進駐軍)相手のビジネスからあらたな生活が始まりました。そして戦後の街づくりは軍都から平和産業都市へと進路を換え、辛うじて戦火を免れた工場や造船設備を利用し戦後の高度成長と相まってそれなりの復興を遂げましたが、やがて世の中は「重厚長大から軽薄短小へ」と需要は変化して若者達は故郷から新しい産業に賑わう都会へと流れていきました。

いま街は地方がいずれも抱えているの高齢化と衰退というパターンに悩みつづけていますが、戦後60年余りたった今、軍港であったことさえ憚れた時期を経て、誇れるものがそれしかない街にとって、この度の戦艦ヤマトにまつわる映画「男達の大和」の大ヒット、たまたま期を同じくして開館した市海事歴史科学館「大和ミュージアム」の盛況は一筋の光明を見つけた思いです。

わたしは単純にイデオロギー抜きで自分の故郷が注目され街が元気を取り戻すきっかけになるのであればと、こころひそかに喜んでいます。皆さん、これも日本が歩んできた現実です。それを直視することも必要だと思いませんか。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 18:43 | Comment(1) | TrackBack(2) | ローカル(社会)

2005年11月27日

The Paradise of Old People

街に出てきて十年余り。
喧騒の中の暮らしにもなれましたが、ただいつも疑問に思っていることがある。お年寄りがイナイ。
地方とはいえ人口110万の政令指定都市なのに。街の中は働き盛りの壮年と学生さんばかり。とにかくジジババを見かけない。どこにいったのか。まるで神隠しにあったみたい。それとも家族が「あぶないから外に出てはいけません」と隔離しているのか。一日中、家の中でテレビ観てすごしているのかな?

わたしの田舎(故郷)は人口20万足らずの町ですが、お年寄りが元気!町中お年よりだらけ。朝から晩まで、町の端から端まで、お年寄りばっかり。
市長さんもお年寄りに嫌われると次の選挙で落選の憂き目を見るからその辺はヌカリない。

お年寄りの交通手段はバス。
市営バスだから、市内ならタダ。どこまでいっても何回乗ってもタダ。朝晩の通勤時間は別として、昼間の乗客はお年寄りだけだから、全員タダ。お年寄りはバスのステップをあがるのがたいへんだから、時間がかかる。でも辛抱づよく、全員が乗るまでいつまでも発車しないでバスは待っている。やさしい市営バスかわいい

いま住んでるこの街は、お年寄りの為のすべてが整ったりっぱな公共施設、様々な催し物。でもお年寄りがイナイ。

わたしの田舎はそんなものは何もない。
市役所のロビーでも、図書館の閲覧室でも、デパートの休憩室でも、いつもお年寄りがくつろいでいる。毎日のようにやってきて、一日中くつろいでいる。
でも市役所の職員も、図書館の館員も、デパートの店員も、市営バスの運転手も、いつものように仕事をしている。なにごともなかったように。

わたしも老後は、なにもないこの町に帰ろうと思っている。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 06:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | ローカル(社会)

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