石橋を叩いても渡らないかも?: 政治

2007年01月31日

大巾修正、きのうの記事。

きのうは、出かけ間際になって記事を書いたものだから (いつものことですが)、けさ自宅に帰って読み直してみると、なんのことやら、まるっきりわからん (これも、いつものことですが)。

よって、より理解していただけるように、わかりやすく丁寧に時間をかけて書き直しました。

もし、読むのが苦痛(?)でなければ、再度、前日の記事に目を通していただければと思います。

もし、お読みになって、きのうと何も変わらんじゃないかと思われた方は、かなり読解力のある方だと尊敬申し上げます。

なにせ、自分で読んでも理解不能だったため、半分以上書き直しました。そんな拙文なのに理解いただけたとは。
でも、ほとんどの方はそうでないと思われますので、よろしくお願い申し上げます。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 06:54 | Comment(25) | TrackBack(25) | 政治

2007年01月30日

わたしもひと言。国民投票法案

きょうも時間がないので駆け込み記事になります。

前々回の記事の終わりに国民投票法案のことについて書きたいと記したまま終えてしまいました。その間に他のブロガーの皆さんがどんどん書かれているので、いまさらわたしの生半可な見識など述べてもしかたがないと思い、ちょっと視点を変えてわたしの意見を述べてみました。

なぜ、宮崎県知事選の(わたしの)記事の中で国民投票法案のことにふれたいと書いたのかといいますと、ご存じのように宮崎県知事選の結果が無党派層を先頭に、すべての党に有権者の政党離れ現象が起き、結果として東国原氏が勝利したわけですが、これは彼の政治的手腕に期待してというよりも、最も政治臭のしない、しかも知名度だけはしっかりあるっていうことが一番の決め手だったのではないでしょうか。

あの玄人っぽい臭いのするプロ政治家よりも、政治に関する知識や経験はほどほどでも、何も匂わない知名度(有名人)のある人に期待する気持ち。そしてそういう人に投票する気持ち。
これは、かっての石原さんや青島さん(お二人とも素人ではなかったが)、田中康夫さんなんかがそうであり、政治家ではない別の部分の知名度が、なによりも彼らを有権者に選ばせる大きなキーポイントだったのではと思われるのです。

選挙とひとくちにいっても、首長を選ぶ選挙は議員を選ぶ選挙とは違い、個人の魅力が本人の政治的スタンス(思想)以上に、有権者にとって決め手になるという要素でもあり、どちらかといえば人気投票に近いものがあると思います。

今回は、国民投票法案の是非についての具体的な記事は他のブロガー連にお任せして、わたしは、もし賛否を問う国民投票(選挙)が実施されると仮定したら、問題は有権者が直接、結果を選ぶということ、しかもYESかNOしか選択の余地がないということの二点だろうと思います。このような選挙(国民投票)をすることは上記にあげた首長選挙と同様、人気投票に近い有権者の判断が命運を左右するだけに、大きな危険をはらんでいると思うのです(憲法改正のための国民投票だった場合などを仮定して)。

近い将来実施されるであろう国民投票は、人を選ぶわけではないのですけれど、自公民、合意の修正案次第では、金や組織力を挙げての宣伝合戦になるのではと危惧するのです。いま現在、両党が提出した修正案が曖昧なのは、どちらも未来の覇権者は自分だと思っていますから、自分たち都合いいようになっています。

そんなことに明け暮れるスタイルが公然化したPR活動(選挙活動)になってしてしまうと(アメリカのように)、本当の政策の中身より、インパクトの残る(人の場合は知名度)ことだけが一人歩きしてしまい、結果的には何か内容のわからぬままに好印象のほうへ人々は投票してしまうという恐ろしいことになってしまうのではと思うのです。

国の一生を決める大事な国民投票(選挙)をカーニバルしてよいのでしょうか。

だから今回の国民投票法案に向けての与党の精力的な活動に一抹の不安を感じるのです。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 17:44 | Comment(1) | TrackBack(5) | 政治

2007年01月22日

そのまんま東氏、宮崎県知事選勝利を見て

言葉ではうまく言えないけれど、わたしは運命のようなもの。なんと表現したらよいのか、なにか人の力の及ばぬ天の力のようなものがあるのではと思っています。お断りしておきますが、わたしは特定の宗教や神道とは、一切かかわりはありません。

出だしからオカルトめいたあいさつになってしまいましたが、本題に入ります。

きょうは朝から自宅にいたので、ノンビリしていました。あいかわらずテレビは見ないので、きのうの宮崎県知事選の結果がそのまんま東氏に決まったことはネットの記事で知りました (それもJANJANのアップ記事で)。
それから、マスメディアの記事をひととおり閲覧したのですが、おおむね好意的な掲載が多かったように思います。うがった見方をすれば常に勝者になびくマスコミ体質とも言えますが。

それから午後になってそのまんま東氏勝利をテーマにしたブログ記事がぽつぽつとアップされて来ました。みなさん素直に勝利を喜んでいる様子がうかがえました。

わたし自身はたいした感動も無く、さりとて彼がお笑いタレントだったという偏見もありませんでしたから、当選した事実は別に不思議にも思いませんでしたが、ただ宮崎県民が何を基準にして彼を選んだのか、そのことが非常に興味ありました。

詳しいことはらんきーブログさんの記事を参照してください。(大幅な手抜き!)
まだ当選結果が発表された翌日では分析結果を早計に結論づけるにはいまひとつ不安が残りますが、四月に広島市長選挙を控えているわたしたち市民にとって、あのタレント顔負の元フリーアナウンサー、参議院議員、自民党タカ派の柏村武昭氏の出馬が控えています。

だから、そのまんま東氏の当選は分析結果次第によっては、わたしにとって新たな不安材料となるのです。

まず、彼(東氏)に投票した県民が彼のタレントとしての知名度にひかれたのか?(特に無党派層)、それとも彼の真摯な立候補決意が県民の心を揺り動かせたのか?非常に気になるところです。数少ない彼の立候補にあたっての情報では演説のうまさや、インターネット上に具体的なマニフェストの公開。宮崎県の課題についての勉強ぶり。

しがらみのない清廉さを強調し、旧知の芸能人仲間の応援もすべて断った事実。愚直なまでの草の根遊説。これらのどこを評価して一票を投じたのでしょうか。

これは本人の人間性を冷静に評価して投じられた結果なら、単なるわたしの取り越し苦労なのですが、淡い期待と目新しさだけで選ばれたのならば、それは浮動票が立候補者の真の姿を見抜けぬままに選んでしまう怖さも秘めていると思います。

今回のそのまんま東氏当選の結果は、別の機会に書こうと思っていた国民投票法案成立に向かっている与党の流れに危惧しているわたしにとって、早急に記事を書かなければと決意させました。早い時期に、そのことは掲載したいと思っております。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 19:52 | Comment(2) | TrackBack(8) | 政治

2006年12月26日

(続)いま一番必要なもの

きのうは政治ブロガー批判に終始したのだけれど、これとて憎くて書いた訳ではない。

打倒安倍政権の集(ブログ記事)が、民主党さえ政権をとればと悲願にも近い気持ちで語られ盛り上がるムードに一抹の不安を感じるのだ。それは「あの岸まで泳ぎ着ければ」とか「あの山さえ超えれば」とかという先の見えない桃源郷を夢見ている姿にも見える。

そこまで極論ではないにしてもとりあえず、対立軸として政権をとれば今後どちらが政権をとっても、民意を無視した政策はとれないだろうと言う二大政党願望の現れかも知れない。それが、わたしにとってすごく安易に感じられ、あたかも見えぬ山の向こうに楽園が拡がっているかのような願望にも思える。

そもそも小泉さんが異常ともいえる多数の支持を取りつけて政権を維持し続けられたのも、長年の一党独裁の時代(厳密には連立ではあるが)終わりを告げるべく、「古い自民党をぶっこわす!」というアンチ自民の期待をみんなに抱かせたからだ。

小泉政権の残した結果は惨憺たるもので、これからの立て直しに引き継いだ政権にすべてが委ねられたわけだが、これとて現政権が具体的な成果を出していかない限り、国民に見捨てられる日がくるのはそう遠い日ではないと思われる。安倍政権がダメ振りを出し続けることがいちばん可能性のある政権交代の最短距離なのだ。

その日が来るのを手放しで喜べるか? いや手放しで喜ぶ前に受け皿となる野党共闘代表の民主党にその度量があるのか。最近、民主党の戦いに疑問を投げかけるブログ記事が目につき始めた。その迷いともとれる動向に疑問や不安を感じていると皆の意見は共通している。

だが現実は、その姿を見ているのは支持者ばかりではないのだ。これから政権奪還に必要な将来、支持者になるであろう人たちも見ているいるのだ。その辺の曖昧さをひこずったままで挑むこれからの戦いはどこまで支持を増やすことが出来るだろうか。小沢代表はこれからも野党共闘でいくことを唱えているが、それすらも共闘する他党から不信の声が上がり始めている。

野党共闘で戦いきって、たとえ敗れたとしても精一杯戦った結果であれば悔いは無い。だが主導をとる民主党が自らの不協和音や失態で自滅して負けるのは悔やんでも悔やみきれない。協力してくれる他党にも失礼だ。野党の立場とはいえ、そういう重要な位置におかれていることの自覚が民主党執行部にはあるのだろうか。

安倍さんが世襲が故にその甘さを批判されているが、その言葉をそっくり鳩山さんにお返ししたい。
いまは勝つことだけ考えて欲しい。モヤモヤと人の顔色ばかりうかがうような優柔不断なコメントや態度は旧来の自民党に愛想を尽かして小泉支持に回った人たちのいちばん嫌う政治姿勢だ。その潜在的に取り込めるであろう新たな票田となる人たちに、似たようなもの(旧来の自民と)だとか、わかりにくいだとか思われたときは、民主党の明日は無い。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 14:05 | Comment(11) | TrackBack(16) | 政治

2006年12月25日

いま一番必要なもの

ブログって自由に自分の思いを書けるところがいいのだけれど、だれも見ない自分の日記として書いているのだろうか。なかにはそういう人もいるが、ほとんどは誰かに見てもらうことを前提に書いているのではなかろうか。

それが政治ブログとなると、単なる自分の思いをつづるだけではなく、自分の意見がなにがしかのかたちで読むひとたちと共鳴できないだろうかとそういう思いを込めて書いているのではなかろうか。

もしそうであるならば、怒りをぶつけるだけのブログは卒業しよう。(うっぷんばらしの人はそれでもいいが)

だれかを批判の対象にして怒りをぶつけるだけで世の中変わるのならなんの苦労もない。

たしかに「わたしも同じ思いです」とコメント寄せらればうれしいし、書いてよかったと思うだろう。

多少でも訪問者は増えてくるだろう。

冷酷な言葉を返すようだけど、それでも世の中は変わらない。もっと具体的にいえば賛同者と支持者は違う。まして訪問者はもっと違う。ただ人の意見が気になっただけかも知れない。

わたしが政治ブログを、いまひとつ好きになれないのは、彼らの主張は外に呼びかけているにもかかわらず、その姿勢はこちら(世間)に背をむけていることだ。

そんなブログの群れを見ているとどうぞご勝手にお仲間でじゃれあっていればといいたくなる。

もういちど言う。
うっぷんばらしなら、もうよけいなおせっかいは焼かない。ご自由に。

でも、世の中、変えたいのだろう!
いま必要なのはお仲間の「褒め言葉」でなく、人々がなにを求めているかということだ。それを知ることだ。

相容れないモノは敵 ?? 。お気楽な結論づけだと思う。
エンターティメントのテレビ番組を見て苦情の電話入れる視聴者レベルだと思う(それをあなたたちは愚民といっているが)。

賢いあなたたちがなぜ愚民に支持されないのだろう。

一愚民のわたしはいつも不思議に思っている。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 20:23 | Comment(1) | TrackBack(3) | 政治

2006年11月27日

プロポーズの日を信じて

hiranuma-2.gifとうとう郵政造反組は踏み絵を踏んでしまいましたね。他人事ながら民間でいえば同族会社での経営者一族の主導権争いを見る思いですね。わずか11人のことですけれど、その陰に大勢の不満分子はいるはずですから。

反自民の立場でいえば、どんどん醜態をさらしてくれれば何もいうことはありません。偉い先生方がどれだけ志が低いかを、身を持って国民に示してくれるなんて願ったりかなったりです。次期参院選への危機感がそうさせたのでしょうか。

小泉さんが9/11で成功したからといって二番煎じをやるなんて身の程知らず、あまりにも役者が違います。これで一番喜んでいるのは野党ではなくて公明党でしょう。

しょせん自民党は沈みかけた老船です。それをリニューアルイメージで民意を取りつけた小泉政権だったのですが、このたびの措置は古い革袋に新しい酒を盛るがごとく無理があります。あの狡猾な自民党はどこへいってしまったのでしょう。

内心は嫌で嫌でたまらないあの公明党の力をまた借りなければならない状況に自らを追い込んでいます。沖縄知事選で見せつけられたあの力がなければ野党に成り下がるのはもはや避けられそうにありません。

なりふり構わないいまの自民党の姿に哀れさえ感じられます。

もう民意がこちらを向いてくれる日も間近です。

だが、思い焦がれていた彼(国民)がやっと、こちらを振り向いてくれたときに、彼の視線を釘付けにするだけの魅力を発揮する努力をしてますか。民主党さん。せめてその日まで磨きましょう。身も心も。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 22:33 | Comment(1) | TrackBack(21) | 政治

2006年11月23日

わかりやすい質疑、わかりにくい応答 (訂正版)

きのうの夕方、気の向くままさんのブログが更新したとRSSリーダーがシグナルを送ってきたので、気の向くままさんのブログまでちょっとお出かけしてみました。

参議院質疑応答(教育基本法)の国会審議というタイトルで、いま見たテレビ中継のことを記事で書かれてました。本文のメッセージが活きていて興味をそそられ、さっそくインターネットの参院中継にクリックしてみたのですが、まだ収録中だったので、記事に書かれてあった連舫さん(民主党)の場面は収録完了まで待たないと見れないので改めて後ほど見ることにしました。

renhou2.gif夜半になって手が空いたので、さっそくクリックしてビデオライブラリーを開いてみました。
7時間27分に及ぶ長いビデオなので前半はすっ飛ばし、連舫さんの質疑応答場面が出てくるところまで画面を先送りしました。連舫さんのことは、どこかのアナウンサーだったこと位しか知りません。そういう意味では先入観を持たないで冷静に見ることが出来ました。

彼女の質疑の鋭いこと、すごい。。あの老練な閣僚たちがタジタジなのです。彼女の言葉は聞いていても簡単明瞭でわかりやすいのです。それでいて的を外さないから政治用語オンリーのわかりにくい答弁しかできない大臣や官僚たちがまるでバカみたいにみえます。それも意味不明瞭な答弁をオウムのように繰り返すしかない姿はおおいに笑えました。

安倍さんなんかビビってしまって、指名されても腰が引けて椅子から立ち上がれないのです。とっさに議長が代わりの大臣を指名して、その場を取り繕うとしたのですが彼女はそれを許さない雰囲気です。しかたがなく大臣の後に改めて答弁するということで納得させたのですが後出し答弁は楽ですよね。先に述べた大臣の言葉をなぞればいいだけなんだもの。こんなのあり〜?

いよいよ質疑応答は佳境に入ってきて、もうこうなると一方的に彼女の独壇場。質問内容もしっかりと裏付けがとってあるからブレないのです。これと対照的に政府側はまともに答えられないのです。安倍さんなんかバカのひとつ覚えみたいに「ただいま調査中なのでわかり次第しかるべき処置をとりたいとおもいます」というようなことを繰り返すばかりです。

このやりとりを見ていて気がついたのは、連舫さんのわかりやすい言葉に対して、政治用語しか話せない大臣たちの言葉との違いです。これが国民に政治は難しいもの、わかりにくいものという印象をうえつけているのだと気がつきました。

これは与党側に限った話ではないのです。政治に関わるすべての議員に言えることです。彼らは日常用語で話すことはプライドが許せないのでしょうか。それとも議員になるとそういう言葉しか使ってはいけないという決まり事でもあるのでしょうか。

もうひとつ気がついたことは答弁の言葉の語尾が決して断定的なかたちで締めくくっていないことです。これは後になって答弁に矛盾が出たときにどうでも逃げられるように言葉の解釈に巾を持たせているとしかおもえないのです。そのあいまいさが国民に政治家は言い逃れや嘘を言う人種だと先入観を持たせてしまうのでしょう。

小泉さんがいつもワンフレーズでわかりやすかったのと、言葉の語尾はいつも「・・します」「・・です」と断定的な言葉で締めくくっていたことを思い出しました。ひとははっきりと日常用語で言い切る言葉には耳にも心地よく頼もしく正直に感じるのです。だから若い人たちに人気があったのかもしれません。

きのう、らんきーブログさんも記事で書かれていましたが、国民の位置まで立ち位置を下げることはプライド以前のことです。それは決して恥ずかしいことではないのです。わかりやすい政治を心がけることこそ、国民の期待に応える真の政治家だとおもうのですがどうでしょうか。

(おまけ)
きのうの楽しい連舫さんの質疑の様子を見たい方はコチラ ↓
2006年11月22日  教育基本法に関する特別委員会(参議院)・ビデオライブラリー
http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php
録画時間が長いので先送り(早送り)して見てください。ニュースでやっていたタウンミーティング会場経費でのエレベーターボタン2回押しただけで日当1万5千円のやりとりも見れますよ。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 18:26 | Comment(3) | TrackBack(7) | 政治

2006年11月20日

沖縄知事選を終えて

沖縄県知事選、野党連合が与党連合に敗北したという結果に終わってしまいました。
この結果に対してみなさんはどう受け止めていらっしゃるのでしょう。

負けた負けたと悔しがる前に、冷静な分析が必要です。感情論だけでは選挙は勝てません。その原因をあらぬほうに向けて、それをいってどうなるというのですか。前回のブログでも書きましたが、主権者は国民にあるのです。結果的には民意を受け止められなかったということでしょう。これが実社会だったらどうです。ひとが良いだけで世間を生き残っていけますか。

okinawachiji.gif選挙結果の分析をわたしなりにしてみようと思います。基地問題を前面に出して支持を訴えた糸数さんは、その件に関しては圧倒的に支持を受けています(84パーセント)。ただし、地元経済の活性化に関しては仲井氏のほうが糸数さんを倍以上の支持を取りつけています(67パーセント)。
このグラフは何を投票の決め手にしたのかという投票所の出口調査なので支持率と得票数はつながりませんのであしからず。

グラフには書きませんでしたけれど、今回の選挙は政党で選んだひとは32パーセントで、過半数の有権者(60パーセント)は党よりも人で選んでいます。与野党双方とも連合なのでこれは無視してよいでしょう。
各党別支持者はいずれも自分の党が推薦した候補者を80〜90パーセントの人が投票しています。

無党派層がどちらに入れたのかがいちばん関心のあるところですが糸数さんに63パーセント、仲井氏に35パーセントなので、糸数さんはよく健闘していると思います。

日本でいちばん失業率の高い沖縄県の県民にとっては、基地問題の将来よりも目の前の明日のコメ代でしょう。これは基地問題に関心がないのではなく、それ以上に日々の暮らしが切実な関心事だということです。

仲井氏はその辺を基地問題も含みを持たせながら、実生活につながる地元活性化の政策を前面に出してきました。いわば作戦勝ちです。

話しはとびますが、同日におこなわれた福岡市長選で野党推薦の候補が与党現職市長に勝ったのも、ある意味では未来のオリンピック誘致構想よりも、目の前の市の赤字財政をどうするかというほうが市民にとって切実な問題だったのだと思います。

戦う背景や生活環境の違いこそあれ、どちらにも共通することは住民にとって遠大なビジョンよりも関心は現実的な目の前の問題でしょう。

バカのひとつ覚えみたいに何度も言いますが、民意を汲み取ってこそ勝利の道は近づくのです。押しつけの夢よりも明日の現実です。
冷静な一部の政治ブロガーの方たちは、落ち着いた意見を述べられています。負ける悔しさで落ち込むのではなく、それをバネとして次の戦いに挑むことこそ真の戦い方だと思います。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 20:34 | Comment(1) | TrackBack(14) | 政治

2006年11月18日

ある「ディベート」の記事を読んで思ったこと

最近ブログやっててつまんないのは、記事を掲載されている方に寄せられるコメントとその対応のありかたに少しづつ疑問を持ち始めたからです。

コメント欄って本来は記事を読んでもらった感想や意見を読者から聞くためにあるのでしょう。違いますか?
それがなんだか拝見してると、コミュニケーションの場というよりは仲間内で群れ合っているという感じです。だから書かれてるコメントも、その記事を賛辞した言葉で占められています。それはそれで構わないのですが、自分なんか記事を読んでてチョット違うなあなんて感じたことを、一読者の意見としてコメントを送っても無視されてしまうのです。

ひとさまのブログだから、言葉を選んで失礼の無いようにひと言ひと言を気遣いコメントを書いても、やっぱり無視されてしまうのです。相手が筆無精なのかというとそうでもないらしい。自分のひとつ前のコメントまで丁寧にコメント返ししていたのに、自分のコメントの番になるとダンマリ?

もし、それが政治ブログかなんかだと予期せぬ訪問者はその方にとって想定外で、だから返答に詰まってしまうのかなと。もしそうならば、さっきまで書かれてあった立派な記事がとたんに色あせて見えるのです。こんな他愛もない、いちコメントに答えを返せないなんて。

ある人に言わせば「空気の読めない場違いなコメント」ということになるのでしょう。また別の人に言わせばブログは主宰者に権限があるのだから、どういう処置をとろうと勝手だと言われる。早い話がこの指止まれの仲良しごっこなのだと。う〜ん。それも楽しくていいかもしれません。

わたしが何故このことを取り上げたのかといえば、上に書かれたような態度をとられる方に限って、書かれている記事の内容は「愚民は何故、わたしたちの言葉に耳を傾けないのだろうか」とか、「無知な国民を目覚めさせねばならない」とか、そんなことばかりが書かれてあります。そんな人を上から見下ろすような言葉を吐きながら、一方では相手にもっと聞く耳を持てと責めたてる。そのくせ自分自身は聞く耳を持たない。

それで国民の民意が汲み取れますか?あなたの言葉に国民が耳を傾けてくれると思いますか?聞いてくれないから、また愚民だといって切り捨てるその態度。それを繰り返している限り、仲良しごっこの輪以上のものは何も望めないと思います。

オーマイニュースの投稿記事の中に「ディベート」をテーマにした記事が載っているのを目にしました。

書かれていらっしゃる方の経験(授業)に基づいたお話なのですが、例えば「喫煙を認めるべきか、否か」というような議題で賛成派と反対派に分かれて議論を戦わせるのだそうです(審判に当たる人もいるそうです)。
おもしろいのは散々議論を戦わせた後に今度は立場を入れ替えて、賛成派が反対派として、反対派が賛成派として再び議論を戦わせるのだそうです。持論と異なる立場に立って議論を戦わせるのですから最初は戸惑いがあるのですが、そのうちにいかにしたら相手を説得できるのかと真剣になってきて、議論は盛り上がっていくのだそうです。

何が言いたいのかといいますと、立場が入れ替わって議論することによって、より客観的に本来の持論を相手に伝える技が身につくということです。とかく議論となると持論の主張ばかりにこだわって相手の立場や意見の見えない一方的な説得に走りがちになってしまい、そのことが結果として巧をなさないことを知るための試み(授業)なのだそうです。

補足ですが、この記事に寄せられたコメントの中に、このこと(記事内容)に加えてとひと言ありました。審判に当たる人を意識しながら議論出来るようになれば、より多くの人に訴え伝えていく力がつくと補強意見が寄せられていました。まさにそのとおりです。その審判 こそが日常生活ではわたしたち国民なのですから。

揚げ足とり戦術や、罵倒討論も議論という場にはあってしかりですが、政治の世界ではいかに民意を自分の側に取り込めるかが、勝利へ近づく第一歩ではないでしょうか。

(参考資料)オーマイニュース「教育現場にこそディベートマッチを」
                昨今の日本人は議論下手   大村賢三 より
  http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx?news_id=000000003053 

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posted by ゲゲゲのイチロー at 13:27 | Comment(3) | TrackBack(1) | 政治

2006年11月06日

NHKクローズアップ現代を見て

usa.senkyo.gif先週のわたしの記事は来春の広島市長選がらみの内容だったけれど、これってネガティブキャンペーンっていうんですね。今、見ていたNHKのクローズアップ現代「亀裂深まるアメリカ・中間選挙ルポ」の中でやっていた。

アメリカ民主党の攻勢に危機感を持った共和党が空前のネガティブキャンペーンをやっている。民主党も負けじと同様、キャンペーンを張っている。相手の個人的なアラを探し出してイメージダウンを計るという戦術は、なんか日本のインターネット・ブログ界の罵倒合戦とよく似ているなあと思った。だから先週、わたしが書いた記事も広い意味で言えばネガティブキャンペーンのひとつなのですね。

正直いって書いた後は、かなり落ち込んだ。憎しみを持って相手を批判することはどちらが正論だという以前に、言っている自分自身が傷つく。たぶん世の中でどんな些細なことでも、こんな小さな憎しみから争いごとが始まるのだと思う。相異なる意見があって一番難しいことは、どちらも自分が正論だと信じて疑わないことだ。それがときとして過激になって相手を罵倒し倒す。後に残るのは何か。やられた方の憎しみだけ。

なにか日常生活の、そう、いまのイジメの問題だって、やっている方に多少の後ろめたさや、何がしかの心の痛みがあれば状況はもっと変わっていったと思う。でも今はそれがない。大人も子供も。これは人間の本能(煩悩)なのか。心の痛みのない状況が蔓延している。今の世の中に何を正義とし、何を自分の生きる指針として人は生きていけばよいのか。人は叩かれば痛いと誰もが言う。叩き返せば最初に叩いた相手が自分が悪かったという気持ちになるというのか。もしそのまま叩き合いが続けばまわりの人たちはなんと思うのか。

usa.senkyo-2.gif明日はアメリカ中間選挙の投票日である。双方、具体的な政策の語られない異例の選挙だという。街頭インタビューであるアメリカ市民が言っていた。どちらの党のネガティブキャンペーンも、もううんざりだと。いまアメリカ社会は疲弊している。いつまでも終わらない正義のためのイラク派兵と戦死者。果てしなく効率化をめざすグローバル社会の落とした陰。それに伴った失業と生活不安。拡がる経済格差。目の前の多くの問題を抱えながら権力闘争に明け暮れているアメリカ政界の姿は明日の日本の姿だ。そこにあるのはその政争の嵐で取り残された多くの国民。

わたし自身ブログの片隅で物言うことは、たとえ少数の方にしか目に止まらないとしても、見ていただくことを前提に書いているのであれば、それが誰のための言葉なのか、いまの自分を見つめ直さねばならないとあらためて思った。
(写真はCNN,APより)

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posted by ゲゲゲのイチロー at 22:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 政治

2006年10月31日

今世紀最悪の恥知らず男

きょうは頭にきているので日ごろの冷静さを失っています。
あの、広島の口先男(くちさきおとこ)の参議院議員柏村武昭が臆面もなく、来年春の広島市長選に出馬することを表明した。

kashimura.gif(彼の足跡)
当 時フリーランスのアナウンサーが世間で脚光を浴びだしたとき、地元中国放送(RCC)を辞めてフリーランスを目指したのはよいけれど、ドサ興行アナウン サーになり果てて、そのまま名古屋のほうで消え去ってしまうのかと思ったら、持ち前の饒舌と世渡り上手で地元広島テレビ(HTV)自主番組のニュースキャ スターに返り咲き、ちゃっかり収まってしまった。

そこまでは民間ベースのことなのでまだ許せるけれど、公共の電波を使い自分が市民の味方 だと広言してはばからない偽善ぶりが、純粋な視聴者の人気を集めた。ある日突然、世直しに参議院議員を目指すと言いだし、自分は市民の味方だから何党でも 無い、あえていうなら市民党だと大見得きって出馬し、多くの市民グループや無党派層の支持を得て初当選した。

それが当選して舌の根も乾かないうちにさっさと自民党(亀井派)に鞍替えしてしまった。大勢の裏切られた市民の憤りは、地元の人なら誰でも知っているが大変なものだった。
そ のとき彼は「亀井先生に一生ついていきます」と言い切ったのに、郵政民営化反対で亀井氏が自民党と袂を分かって出て行ったときにちゃっかり自民党に残り (伊吹派)、しかも郵政民営化反対票を投じたときの信念(ポーズ)はどこへやら、いつのまにか中川秀直(幹事長・森派)の腰巾着に収まっている。どこまで ズル賢い男か。

来年2月の広島市長選挙で、自民党県連は現職市長(社民推薦)に対抗できる人材が無く、中川秀直の強い要請もあって、県連 も彼を推薦する方向に意思統一し始めた。このコウモリ男は出馬することを即答せず、来年の参院選とどちらが自分にとって有利か思案し、今期限りで出馬を辞 退する可能性のある現市長の動向を読んで、もしそうなったら無風状態で当選できるという持ち前の打算で出馬表明をした。

参議院議員のとき の彼の傍若無人ぶりはみなさんもご存じのように、小泉政権のイラク自衛隊派遣を率先して支持し(むしろ亀井氏は自衛隊の海外派遣に反対の姿勢だった)、イ ラク人質救出事件でも人質になったボランティア活動の若者三人を国賊(反日分子)呼ばわりし、その他、放送界への政治介入ともとれる暴言(NHK介入発 言)をはいて物議をかもした。

こんなファシストもどきの男が平和都市広島の市長になる?冗談はやめてくれ!
あんたがどんなにきれいごと言っても、ひとつでも最後までなにか履行したことがあるか。
主義主張の違い以前に、人間として最低の男だよ、こちらにとっても、自民党にとっても。

(訂正)市民党→県民党だそうです。日ごろあまりテレビ見ないもので。ゴメンナサイ。

(追伸)トラックバック、及びコメント欄が原因不明で閉鎖されていました。気がついた時点で復旧に努め、無事回復しました。訪れてくださった方々に大変ご迷惑をおかけしました。お詫び申し上げます。
2006-10-31  PM19:30

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posted by ゲゲゲのイチロー at 06:21 | Comment(2) | TrackBack(15) | 政治

2006年10月23日

新たな戦いに向かって

バカの一つ覚えみたいに、わたしがいつも言うこと 「客観的な視点に立って・・・」。

日ごろ、営業も兼ねて、様々な年齢、職種、男女、他々・・・大勢の方を相手にしていると、本当に十人十色とは、よく言ったもので、ひとの考えがこうも違うのかと思うぐらい様々です。でも笑ってしまうのは、これほど私観?が違うのに、その彼(彼女)等は他人も、自分と同じ考えをしていると思っていることです。

自分の考えが世の中の最大公約数だと思い込んでいる人たちに、角を立てずに丁寧に、噛んで含めるみたいに説明するのがわたしの仕事です (本当は、それは仕事のごく一部のことなのですが)。もちろん、その手間を省いて本来の業務にあたっても、なんら問題はないのですが。

でも、毎日こんなことを繰り返していると、いい意味で物事を客観的に見ることが身につきます。別の言い方をすれば、いつも醒めた視線でモノをみるということです。でもそれができないと、いい仕事ができないのです。

長い不況が続いて、わたしのまわりも永年勤めた会社を辞めて、商売を始める人たちが何人かいました。それがラーメン屋さんだったり、コンビニだったりするわけですが、なぜが長続きしません。彼らが商売を始めたときに、本人、もしくは奥さんに、なぜその業種を選んだのか質問すると、返ってくる答えはきまって、自分がいつも利用しているときに、繁盛しているお店の様子を見ていたからと。

この時点でわたしは、ああ、ダメだと思ってしまうのです。昔はどんな仕事でも、その仕事に従事して何年か後に独立していくわけですが、それはその間に仕事を身につけると共に、表には見えない影の部分も学ぶのです。人は何か新しいことをやるときに、良いことばかり思い浮かべるのです。

長い前フリでしたが、選挙に勝つということは自分の主観を捨てて、客観性に立たなければならないということです。
まだまだ、言葉が足りませんが勝利に近づくためには、これはとても大切なことです。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 21:13 | Comment(1) | TrackBack(1) | 政治

2006年10月04日

私的暴論(わたくしてきぼうろん)

いつまでもゴシップ写真をトップ記事に晒しておくわけにもいかないので、更新します。
そう思うなら削除すればいいじゃないかと影の声が聞こえてきそうですが、晒しておきたくなるほど、この度は腹が立ったということです。控える地方選や来年の参院選に向かって民主党が最後の決戦になるかもしれない大切なときに(みんなの期待がこもっているのに)こんなアホなゴシップネタで足もとをすくわれたのでは泣くに泣けません。

気を取り直して続けますが、政治って、攻める方も攻められる方もエリート同士の争いではないかと思ったりするのです。
どう振り回されたって最後にババを引くのは裾野に広がる庶民です。たとえ日本が沈没する(いろんな意味で)ことになっても、最後まで生き延びれるのは一部のエリートだと思うのです。戦禍や大災害が起きたらどれだけの人々が脱出するための正確な情報と財産を持ち得ることが出来るでしょう。

極論を言えば現社会の歪みによって犯罪に走ったり、自殺に追い込まれたりしている人たちはすべてと言ってよいほど、裾野に広がる庶民です。そういう社会不安が自分たちの平穏な暮らしにまで及ばないかと、恐々としているのは一部のエリートです。
庶民は警備保障会社に自宅の警備なんか頼みません(頼めません)。

ついこの間まで一億総中流意識に酔っていたら気がついたら世の中は、「勝ち組」の人たちのための政治と、それを取り巻く幇間マスコミです。いまもテレビのニュースが国際不安を煽っています。なし崩しに国防力増強の気運を促しています。
もし海外派兵が恒常化しても、兵としていくのは庶民です(あなたです)。だれのために?

だから一党独裁の政治に終焉を迎えて欲しいのです。わかりますか。エリートの細野さん。エリートのモナさん。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 18:33 | Comment(1) | TrackBack(7) | 政治

2006年09月25日

自分の立つ位置

皆さんも経験があるかも知れないが、傍観する位置にいるときは他人(ひと)さまのやることが自分にとってイライラするほど不満だったり腹立たしかったりすることがある。
でも大抵の場合はそれを口に出してまで他人をいさめたりしない。

これをビジネスに例えれば杜撰な会社やお店を目の当たりにすると、オレだったらこうするのにと心の中でひそかに思ったりする。でも何かの機会あって自分自身が会社を興したり商売を始めたりすると不思議とそれまで感じていたことが教訓として生かされなかったリする。

それは立場が変われば、それまで見えていたことがなぜか見えなくなったり、反対に今まで見えなかった(知らなかった)ことが見えてきたりして、傍観者であったときほど無責任に批判したり物事に取り組めなくなるからだ。言うのとやるのとでは現実はずいぶん違うことに気がつく。

でも自分が最初に感じていたことを忘れないでいたなら、それは相手に対しての思いやりをいつまでも見失わないことでもあり、顧客は過去の自分であったように今の自分に満足を求め続けているいることに気がつく。俗に言うと「お客様の立場に立って」という言い尽くされたフレーズに戻る。

これが政治の世界に例えて言うなら有権者に満足を与えることとは、きのうまでの自分に応えていくことであり、立場が変わっても期待に応えることにつながる。本当のお客様の立場に立っていることなのだ。

だがビジネスでも顧客のこころをつかむのは常識で、いまやどちらを向いても「お客様の立場に立って」のフレーズが街を飛び交う。それが戦いに勝つことであり生き残ることでもある。たとえ口先だけでも。

純粋な庶民は言葉どおりの期待を持って商品を選ぶのだが、それが口先だけの呼び込みでもこころを掴んだほうが勝利するのは、いずこの世界も現実でありもの悲しくもある。でも手にとってもらわなければ前に進めない。たとえ偽りのない商品であっても。

言葉巧みな商戦は偽りの商品を売る側の方がなぜかこころを掴むのは上手い。それは彼らが本当に誇れるものは、その饒舌な口先だけしかないから。素朴な真実の売り手は彼らを乗り越えていくのは容易ではない。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 10:35 | Comment(1) | TrackBack(11) | 政治

2006年08月22日

恐怖政治と懲りない面々

仕事に復帰して忙しい毎日なのだけれど寄る年並みには勝てず、おまけに最近は老眼も出てきたから自宅に帰ってからのブログ拝見は意識もうろう状態。そんな案配だから自分の記事をアップするのも容易ではない。きょうは昼までには家に帰ったから、そのまま倒れるように眠り続け、やっと先ほど起き出して画面に向かっている。

koizumi.gif明日は久しぶりのお休みだから夜更かししても大丈夫なので何か書かなくてはとPCをオンしたら、ちょうど喜八ログさんからTBがあったのでちょっと覗いてみた。
「変人・小泉純一郎」の素顔というか、検証の記事だけど、奇しくも目の前のテレビの画面ではTVタックルが同じように小泉政権の5年間について取り上げている。わたしはテレビが嫌いだし、記事を書くときは気が散るので音を切っている。画面下にテロップが流れるのでゲストたちが何を言っているのかおおよそでも見当がつく。なまじ音なんか出ると、姑息なゲストたち(代議士たち)のまるで他人事のように語っている話なんか聞きたくもない。

われわれも劇場型小泉パフォーマンスに騙されて無駄に5年間を棒に振ってしまった感があるが、それにしてもその間、お偉い先生方の保身とも言えるあの沈黙、そこまでして自民党のブランドと代議士の地位が欲しいのか。小泉氏が総裁を辞めるまでの我慢だと辛抱していたとしても、己の主義主張をひっこめて、嵐の通り過ぎるのを待つなんてこんな日和見代議士の集まりなら、自民与党の前途は暗い。

民間会社で言えばワンマン社長の横暴に何も文句も言えず、ただひたすらに会社を首にならないよう保身に回っている安サラリーマンと一緒だ。二代目のバカ息子がオヤジの跡を継いで次期社長となってもゴマすり集団と化してしまうのだろう。なさけない。

自分たちの本当のご主人様が国民であることを忘れている。次期参院選はこんな日和見自民に勝たせるぐらいなら、ちょっと力不足でも民主党や野党に勝たせたい。やはり一党独裁の政権は危険だ。それに自民党の単独暴走に監視の目とブレーキをかける役目を果たすと世間に広言してはばからなかった連立公明党も支持者を裏切って、小泉ベッタリの5年間だった。どこにブレーキをかけた跡かあるのか、信じられない。すり寄りかただけは上達したが。福祉と平和を党のスローガンとしているなんて嘘八百もいいとこだ。

来年の参院選が待ち遠しい。惨敗する与党の姿を見れることを期待しながら。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 02:03 | Comment(1) | TrackBack(3) | 政治

2006年07月06日

北鮮ミサイル発射、日本はテンヤワンヤ

この度の北朝鮮ミサイル発射のニュースの一報を聞き、数時間後にテレビで確認し、自分なりに感じたことを書き綴ってみた。この時n-koria-misail.gif点ではブログ上に、まだこの話題は取り上げられていなかった。早朝ということもあって、政治ブロガー連は就寝中だったのかも知れないし、仮に起きていても事態を把握し、自分なりに意見をまとめるには、出勤前の慌ただしい朝には無理だろうと思った。(5日AM7:00)

招集のかかった閣僚を代表して、阿部官房長官が記者団の質問に答えていたが、詳細な部分に質問が行くと、調査中とか、まだ報告が上がって来ていないとか、政府の(長官の)慌て振りばかりが目立つ、へんな記者会見だった。

これに比べ、同盟国のアメリカの態度がやけに冷静で、独立記念日のスケジュールになんら変更は無く、事前に北朝鮮の動きを把握していたとはいえ、不自然な印象はぬぐえなかった。しょせん自国にかかわる問題と受けとめているわけではなく、同盟関係(日本を守ってくれると為政者は言いつづけていたが)と言うのはアメリカにとって、しょせんこの程度のことだったのかと思った。本当に役に立つのかどうかわからないところは、最近、槍玉に挙がっている日本の保険業界と一緒だ。高い保険料(防衛負担金)を肩代わりさせている割には、ここ一番っていうときに頼りにならない。

北朝鮮のミサイルが発射され、米軍から日本政府に伝えられたのが20分後といわれる。それでも前回のミサイル発射のときと比べて、格段に早く対応出来たと日本政府のコメントが出ていた。
何を言っているんだい。比較する前回の例は、事態を把握するまでに11時間もかかったのに、それと比べたらどんな行動だってスピーディーに見えるよ。
大体、本当に演習ミサイルだったから良かったようなものの、これが相手国に向けての実射だったら、20分後に連絡を受けて、関係閣僚を招集して、緊急閣議を開いて・・・・・。マヌケ。
すでに着弾して、街は被害を被って燃え盛っている最中だよ。
ヘンリー・オーツさんの怖〜い話じゃないが素直な(?)わたしでも勘ぐっちゃうよ。なにか裏があるのではないかと。
この件を斜めに眺めてみたら、ここぞとばかりに迎撃ミサイルの必要性をタカ派は強調してくるだろうし、もっとひねって解釈すれば、いつものブッシュの言いぐさじゃないが、専守防衛(先制的自衛権)が現実味を帯びて来て、いよいよ日本も・・・という嫌な雰囲気(時代)に誘導されていくのかも知れない。
会社でテレビ見ていたオバチャンが言いました。(画面に映っている着弾地点を見て)
「なんや、皆、北の方に飛んで落ちているじゃない?これ日本が騒ぐより、ロシアの方が迷惑うけてるのとちゃうやろか?」
すばらしい!庶民を代表する声でした。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 21:05 | Comment(1) | TrackBack(14) | 政治

2006年06月29日

国会の先生方も気になる視聴率(B層視聴者)か?

ここ数日、忙しくてPCの前から遠ざかっているうちに、世間ではショッキングなニュースが多発していたみたいだが、仕事中に断片的にしか情報が入ってこないため、じっくりテレビやネットでその後の経過を確認したのは昨日になってからだ。

普段からテレビを見ない、わたしにとってセレブな女医の長女誘拐事件で初めて、マスコミでは有名な女医さんだったと知ったわけで、親切なテレビのワイドショーはカリスマ女医の存在振りを庶民の好奇心に答えて、以前から何度も企画コーナーで取り上げていたみたい。お金持ち女性実業家紹介だからそのコンセプトからいけば、豪邸とか、所有物とかを見せびらかす番組になるのは当然だし、それを観てどう感じるかは各々の受けとめ方だ。

唯今回の事件を知ったとき、一瞬だけど、いま国会で追求されている日銀総裁の福井氏と、イメージがダブって見えた。

fukuisousai.gifかたや日本経済の要を握っている日銀総裁と一成金女医を同次元で語るのは乱暴かも知れないが、マスコミが喰いついているポイントはいずれもお金(資産)のことだけ。いわゆる庶民感情をかき立てるには格好の材料だから、それが政治問題のネタになったり、セレブ紹介番組になったりしているわけで、お茶の間の視聴者はまんまと乗せられてしまう。
誤解をおそれずに言わせて貰えば、どちらもそれぞれの立場で得た資産なので、それをどうこう言われるのは大きなお世話だと本人達は思っている。もっと言わせて貰えば、野党がそれを鬼の首でも取ったみたいに攻撃材料にしているけれど、そんな個人叩きに励んでいる暇があったらもっと体を張って反対したり、取り組まないといけない政治課題が山ほど有ると思うのだけど、こんなことしか決め球がないのかなあ。

なにか袋叩きの様相がホリエモン偽メール疑惑のときと似てきたので、なんだか不安がよぎったのだけど、案の定、民主党内から、村上ファンド関連の議員秘書給与を肩代わりして貰っていた議員が出てきたりして、なあ〜んだやっぱり。こりゃ困ったね。

わたしが以前から何度も言っている(書いている)ように、野党根性丸出しで、首のすげ替え、とかげの尻尾斬りにしかならないことに、とらわれている党に政権は期待できない。こんな事やっていたら、小泉首相引退後も与党の独裁状態は持続してしまう。木を見て森を見ない手法は、そろそろ卒業して欲しい。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 12:37 | Comment(1) | TrackBack(0) | 政治

2006年06月19日

真面目に日本を愁いている人達

今日はネットサーフの流れでちょっとだけ、右っぽい人の人気ブログにたどり着いた。                                       
わたしは70年安保世代なので(もっとも、唯のノンポリだったけど)、自分もそうだったけれど若者はいつの時代も反権力の気持ちをだれもが心に秘めていたと思う(運動している、していないにかかわらず)。言葉を置き換えていえば、大人社会に対しての若者特有の反抗期の時期なのかもしれない。たまたまその時期が日本が日米安保条約再継続という節目でもあり、自分たちの青春でもあったから、その大人社会への若者達の反発のかたちは、あるものは学生運動や労働運動に流れていったものもいたし、傍観者の自分たちにも少なからず、気持ちの上でその影響はあったかもしれない。

今日、読ませて頂いたブログはそういった意味で、日ごろ自分が避けてきた種類のブログだったのだが、読んでいくうちに引き込まれてしまった。説得力がある。ともかく殆んどの文面が納得できるのだ。ただ唯一、わたしの思いと違うのは、彼の文面は、今の時代の諸悪の根源は左の人たちのせいだと言い切っている。ここだけ違う。
おもわず笑ってしまった。だって、その最後の部分を「右のひとたち」に置き換えて言えば、そっくりそのまま左の人たちが日ごろ言っている事と同じだからだ。真面目に書いている。本当に真剣に現代社会(日本)を愁いている。目的が一緒なのに何故歩み寄れないのかと思うぐらい似ている。

わたしなりに考えてみた。日本を良くしようという共通目標を掲げていても、手段が違うからだと思う。山の頂上を目指す気持ちは一緒でも登っていく路が違う。その自分が選んだ路を主張するために、相手の諸々の行状を批判する。これは右も左も一緒だ。正すべきところは例え反対側の人たちに言われても素直に正すべきだし、それが自分達の側だったら、かばったり黙認するなんてもっての他である。それが出来ない今の政治は目指す目標への本筋の是非で議論なされるのではなくて安っぽい枝葉で叩き合っているように見える。お互い叩かれる材料は別のかたちで処理しないと路を誤り頂上を見失う。

もうひとつ、彼のブログで笑ったのは、諸悪の根源が「○よりの人たち」のせいと書いてあった事に加え、世の偏向したテレビを代表するマスメディアのせいだと書いてあったので 吹き出してしまった。どちらの側もマスメディアは自分達にとって敵だと思っており、相手の都合の良いように偏向操作されていると主張しているところなんか、OBのオジサンからみたらどっちもどっちだと思うけれど?。
                                      
 

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posted by ゲゲゲのイチロー at 17:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 政治

2006年05月26日

補足 メディアリテラシー入門かな?

7月1日から衆院本会議で国民投票法の初審議が始まるようだ。
与党と民主党から提出された国民投票法案の概略をみてみると、ひとつ引っかかるのは、両党ともメディア規制をしない点だ。
これはメディアの影響力が、大きく政局を左右することを体験した両党に共通する政治的思惑だろう。
政治ブロガー諸君が、常日頃から危惧している政治にうとい、ムードに流れる浮動票層の取り込みを狙っているのは明らかだ。

国民にとって社会正義の指針であり、アドバイザーでもあるはずのマスメディアがあてにならないばかりか、視聴者(国民)をあらぬ方向に導いてしまう可能性だってあるのだ。

しっかりと目を見開いてお上とメディアを監視し、国民自身が考えて身を守っていかなければならない。
その為の目を肥やす努力も必要になるだろう。

自分のためにも、これからの未来を生きていく子供たちのためにも。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 22:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 政治

2006年04月25日

衆院千葉7区補選結果をみて

chiba7ku.jpg仕事が忙しくて、衆院千葉7区補選だったことを忘れていた(他県のことでもあり)24日になってWEBで開票結果と、期間中の各陣営の活動とやらも知った次第。
ともあれ僅差ながら勝利した民主党おめでとうございます。

ASAHI.COM(24日分)の千葉7区の出口調査のグラフが興味を引いた。
前回(05年衆院選)と比較してみると無党派層は民主党での伸びが見られるのに、女性層はむしろ下降気味、その分自民党が右肩上がりで支持を伸ばしている。20〜30代層も同様に近い状態で自民党が逆転して支持を伸ばしている。
これはわたし個人の独断ではあるが女性層では若い同姓候補に対する反発、公明党(婦人部)の組織力による支援等、20〜30代層は現状の世の中への不満や苛立ちに対して、実行力や即戦力があると見られたのが自民(小泉内閣のニュー自民であって旧自民ではない)支持にあらわれたのではないかと思われる。
これらを見るに民主党は無党派層の支持があったとはいえ、裏返して言えばいつ寝返っても可笑しくない「浮動票層」でもある訳だから勝ったとはいえ将来的に安泰とはいい難く、これからの行動に誠実さや実行力が見られなければ即地獄をみる結果が待ち受けていると思う。

前回の衆院選大勝利でオバカになったのか自民党は視線が国民には向かわず、顔だけがこちらを向いているという、いわゆるカメラ目線のゲーノージンもどきになってしまった。それは選挙期間中の中身の無いパフォーマンスで十分証明されているが、これとて昨日までの民主党の姿でもある訳で小泉自民が何故ここまで支持を得られ続けたのかまったく分析が出来ていない。

これはこれから日本の未来を担っていくであろう若年層の彼らが求めていることが何であるか理解し、答えていかなければ右肩上がりのグラフは下降し、やがて無党派層へと流れていく。
いまやイデオロギーによる政党支持など無いに等しい現在に、国民が求めているのは明日に夢が托せる政党だ。口先だけでなく、やってくれれば(変えてくれれば)何処でもいいと言う思いなのだ。


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posted by ゲゲゲのイチロー at 07:19 | Comment(1) | TrackBack(22) | 政治

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