ブログって続けていくだけでも体力いりますね。あんまり裏付けのないいい加減なことも書けないし、そうかといって何も思い浮かばなかったら、つい想像だけで書いてしまいますね。わたしは小心者だから、あとで読み返すと自己嫌悪に陥ることはたびたびです。
あのニューメディア・オーマイニュースの鳥越編集長の記事が炎上しています・・というタイトルで記事を書きかけていたら、急用が入って不用意にPCのスイッチを切ってしまった。あっと思ったときはすでに遅し、全部消えてしまった。
そもそもの発端は双方向性を生かした市民参加のニューメディアというふれ込みでスタートしたのだが、2ちゃんねる掲示板よろしくバンバン批判コメントが返ってくる。ある程度は想定されていたことだけれど想像以上の書き込みに、気の弱い市民記者だとおじけづいてしまって投稿を控えてしまう。だからある方のデーターによると登録数が伸び悩んでいるとのこと。主宰者の思惑どおりことは進んでいないようだ。
それでこのたび規約改定予告を鳥越編集長名で掲示した。とたんに膨大な数の批判コメントが寄せられて、もはや炎上状態。これまでの編集部の対応のまずさが真っ先にやり玉にあがってしまった。杜撰といえば杜撰なのだけれど、最初の主旨が誰でも参加できるということだったからいまさら取り下げることも出来ず、結局は一部、コメントに規制をかけようということらしい。納得のいかない人は去っていってしまう。
その膨大なコメント読んでいて、せっかく既存のプレスでは出来ないことに挑戦するニューメディアだと期待していたのに早くも頓挫かという雰囲気なので、最後に恨み節のひと言ぐらい書いてやろうと書きかけていたところだった。(わたしは参加していないのでマイブログにしか書けない)
一夜明けて消してしまった文面の記憶をたどりながら書かねばならないので再度コメント欄をのぞいてみたら、きのうにもまして数が増え続けている。このあたりぐらいがきのうの続きだろうと読み始めたら何故かあれほど批判の山だったのにきょうのコメント欄は様子がおかしい。(じつはわたしの勘違いで前日アクセスランキング1位の記事だから同じ記事だと思って、いきなりコメント欄から読み始めたから記事そのものが前日と変わっていることに気づかなかった)
それは、ある一市民記者のかたの記事に寄せられたコメント欄だった。そのかたの記事は自分が初めて市民記者をやってみようという動機の説明から始まって、最初に掲載された記事がケチョンケチョンに批判されて惨めな思いをしたこと。でも気を取り直して指摘された至らぬ点を改めながら再度書き続けていったこと。厳しい批判が自分を磨き、支えていったことなど感謝の気持ちを込めて書かれていた。
あれほど辛口のコメント常連の連中が彼女の記事に対して誰一人批判をあびせることもなく、まるできのうの嵐がウソのように静まり、皆、賛辞の言葉に変わっていった。そして厳しい言葉を発していた彼らも胸襟を開き、オーマイニュースの未来について真剣に語り始めた。
今回、わたしが学んだことは、厳しい批判を卑屈に受け止めていじけるよりも、彼女のように傷つきながらでも自分の至らぬところを謙虚に反省し、再度挑戦してみるその姿勢が、あの怖い常連の批判ギャラリーの心をも解かしたのではないかと。なんだか読んでいて鬼のあつまりが、いつのまにかみんな福顔になっているようなこの光景は、コミュニケーションの難しさと優しさの両方を同時に見たような気がした。
(追記)オーマイニュースの記事は2日ぐらいで消えてしまうみたいなので、念のためその市民記者さんのお名前と記事タイトルを書いておきます。お名前は長島美津子さん、記事タイトルは、* 同じ「市民記者」の方々に問いたい * です。オーマイニュース内の検索欄で出てくると思います。
あのニューメディア・オーマイニュースの鳥越編集長の記事が炎上しています・・というタイトルで記事を書きかけていたら、急用が入って不用意にPCのスイッチを切ってしまった。あっと思ったときはすでに遅し、全部消えてしまった。
そもそもの発端は双方向性を生かした市民参加のニューメディアというふれ込みでスタートしたのだが、2ちゃんねる掲示板よろしくバンバン批判コメントが返ってくる。ある程度は想定されていたことだけれど想像以上の書き込みに、気の弱い市民記者だとおじけづいてしまって投稿を控えてしまう。だからある方のデーターによると登録数が伸び悩んでいるとのこと。主宰者の思惑どおりことは進んでいないようだ。
それでこのたび規約改定予告を鳥越編集長名で掲示した。とたんに膨大な数の批判コメントが寄せられて、もはや炎上状態。これまでの編集部の対応のまずさが真っ先にやり玉にあがってしまった。杜撰といえば杜撰なのだけれど、最初の主旨が誰でも参加できるということだったからいまさら取り下げることも出来ず、結局は一部、コメントに規制をかけようということらしい。納得のいかない人は去っていってしまう。
その膨大なコメント読んでいて、せっかく既存のプレスでは出来ないことに挑戦するニューメディアだと期待していたのに早くも頓挫かという雰囲気なので、最後に恨み節のひと言ぐらい書いてやろうと書きかけていたところだった。(わたしは参加していないのでマイブログにしか書けない)
一夜明けて消してしまった文面の記憶をたどりながら書かねばならないので再度コメント欄をのぞいてみたら、きのうにもまして数が増え続けている。このあたりぐらいがきのうの続きだろうと読み始めたら何故かあれほど批判の山だったのにきょうのコメント欄は様子がおかしい。(じつはわたしの勘違いで前日アクセスランキング1位の記事だから同じ記事だと思って、いきなりコメント欄から読み始めたから記事そのものが前日と変わっていることに気づかなかった)
それは、ある一市民記者のかたの記事に寄せられたコメント欄だった。そのかたの記事は自分が初めて市民記者をやってみようという動機の説明から始まって、最初に掲載された記事がケチョンケチョンに批判されて惨めな思いをしたこと。でも気を取り直して指摘された至らぬ点を改めながら再度書き続けていったこと。厳しい批判が自分を磨き、支えていったことなど感謝の気持ちを込めて書かれていた。
あれほど辛口のコメント常連の連中が彼女の記事に対して誰一人批判をあびせることもなく、まるできのうの嵐がウソのように静まり、皆、賛辞の言葉に変わっていった。そして厳しい言葉を発していた彼らも胸襟を開き、オーマイニュースの未来について真剣に語り始めた。
今回、わたしが学んだことは、厳しい批判を卑屈に受け止めていじけるよりも、彼女のように傷つきながらでも自分の至らぬところを謙虚に反省し、再度挑戦してみるその姿勢が、あの怖い常連の批判ギャラリーの心をも解かしたのではないかと。なんだか読んでいて鬼のあつまりが、いつのまにかみんな福顔になっているようなこの光景は、コミュニケーションの難しさと優しさの両方を同時に見たような気がした。
(追記)オーマイニュースの記事は2日ぐらいで消えてしまうみたいなので、念のためその市民記者さんのお名前と記事タイトルを書いておきます。お名前は長島美津子さん、記事タイトルは、* 同じ「市民記者」の方々に問いたい * です。オーマイニュース内の検索欄で出てくると思います。
(追記)
”同じ「市民記者」に問いたい”の記事


韓国を旅して分かったことは、韓国と日本の『気質』は明らかに違うということです。よって韓国型のインターネットニュースをそのまま日本に持ち込んだら、当然失敗するでしょう。
今は試行錯誤の時期。一年ぐらいは見守る必要はあるでしょうね。
ネットの仮想世界と言っても結局は人と人のつきあい、不器用なようでも日頃の自分の人への接し方を貫くしかないとよく思っていましたが、勇気づけられるような記事でした。
>鬼のあつまりが、いつのまにかみんな福顔になっているようなこの光景
いいですね。
こちらのコメント欄にお邪魔するのは初めてになります。
猫だぬきと申します。改めて、よろしくお願いいたします。
同じテーマの記事を見つけたので TBさせていただきました。
人って面白いですね。
弱いように見えて強かったり、強いように見えて弱かったり。
私は「人」が大好きです。
またお邪魔させていただきます m(_)m
こちらに URL を貼らせていただきます。
(図々しぃ〜っ!)
http://plaza.rakuten.co.jp/ks4neko/diary/200611140001/
失礼いたしました。m(_)m