きょうは思いっきりローカルネタでいきます。我が弱小球団広島東洋カープの黒田博樹投手が今袖取得したFA権を行使せず、来年も広島カープで活躍することを表明してくれました。バンザ〜イ!
とかく、まわりは色々いうけれど、いまや引く手あまたの黒田投手にとってカープに残るか、好条件の他球団に移籍するか随分悩んだみたいだ。「FA宣言すれば(他球団の評価を聞いて広島に)帰ってこれなくなると思った。このチームで優勝したいし、ファンと力を合わせてプレーオフを目指したい」
いまどきこんな奴おるか!泣けてくる。(日ハム優勝の新庄選手のときも泣いたけど)
最初から条件の良いビッグチームを拠点として活躍するのも野球選手にとって夢かもしれないけれど、小さくても弱くても可能性を信じて残留してくれたことは、地元ファンの子どもたちにかけがえのない夢を与えてくれた。
わたしの生まれた翌年に、日本で唯一の市民球団として発足した広島カープは25年間、セリーグの中で一度も優勝したことのない、自他共に認める弱小球団だった。わたしは呉の出身だから冬期キャンプは、当時パリーグ最強の南海ホークスとセリーグ最弱の広島カープが前期後期に分けて呉市民球場にキャンプインしていたのを見て育った。
南海ホークスは監督の鶴岡さんが呉の出身だから、いわばお義理でキャンプしてもらったようなものだが、かたや広島カープは貧乏球団だから近距離の滞在費用のかからない、隣の町の呉市民球場を選んでいたわけだ(宿舎も商人宿風の粗末な旅館だった)。通っていた小学校が球場のすぐ近くなので、子どもたちは授業が終わるとランドセルを放り出して毎日、球場に一目散に駆けていったものだ。あこがれのプロ野球選手を見に。
わたしが成人して社会人となって上京し、広島に帰って来た年に初めてリーグ優勝した。実に長い25年間だった。いまだから言えるけれどカープファンでさえ一生、優勝は見れないと思っていたから、そのときの感激は今でも忘れられない。奇跡だった。なんかこのことを書いていると北海道へ移った日ハムが4年目にして地元道民の声援の中で優勝したシーンがオーバーラップする。
1991年のリーグ優勝を最後に、いまや懐かしの弱小広島カープに戻って久しい。
日々、いまの モノ、カネ、チカラがまかり通るこの暮らしの中で、それに勝るミラクルパワーが再び訪れることを信じて疑わない。だって25年も待てたのだから。
夢は、いつかかなう日が来ることを信じているから夢なのだ。
(写真は中国新聞より)


TBとコメント、ありがとうございます。
いくつかの記事を読ませていただき、リンクに加えるべき方と思いました。
今後ともよろしくお願いします。
黒田投手のカープにかける思いに、わたしも感動しました。黒田選手の思いに応えるためにも、ファンは球場へ足を運ばなければいけませんね。
>夢はかなう日が来ることを信じているから夢なのだ。
同感です! よーし!! 夢を信じて、気合入れて応援するぞぉ!!p(・∩・)q