きょうは政治にやや興味を失いかけている、というよりこの壮絶な狐と狸の化かし合いの世界にほとほと嫌気がさしているわたしは、ブログスタート時の世捨て人の心境にだんだん戻りつつあります。
ブログに参加しているとたくさんの情報に囲まれ、ついつい真剣になって年甲斐もなく自分の意見を述べたりして、それに酔っている自分が嫌です。
以前にも書きましたが本来の自分のスタンスは見たまま、感じたままの子どもの目でありたかったのに、わたし自身が机上の論者になりかけているのを感じたとき、それはもう(自分の)口から出てくる平和や幸せと言う言葉が空しく、何か世の中に貢献できるのではというあさはかな思い上がりにも思えて、人を戒める前に自分自身を見つめ直す時間をとっていかなければならないと思います。
これからもなにも発言しないということではなく、もっともっと純粋に自然に湧き出た清水のように、感じたままの言葉を飾らず人の目を意識せず、書き連ねていけるよう努力したいと思っています。
もし、世の中にはっきりと正義と悪という役割があるのなら、たとえ天からの命で正義の役を仰せつかっても、そこにおごりや、言葉や力で他を制する気持ちが少しでもわいたなら、それはもう正義ではないのではないでしょうか。
これは以前から感じていたことです。
常に勝ち馬に乗り続けたい気持ちの人たちもいますが(潜在的にはそれが普通だと思いますが)、むしろ勝ち馬に乗る乗らないではなく、乗ってからの己自身のあり方ではないでしょうか。
先日、ラジオでイヌイット(カナダ北部に住む先住民族)の暮らしを研究されている国立民族学博物館の岸上伸啓教授のお話を聞きました。彼らの生計は自然界で捕れる魚や海獣が主で、優れた猟師と、そうでない猟師がいたとしても、獲物は帰りを待っている家族たちに富める猟師が平等に分け与えるのだそうです。与える猟師になんら優越感のようなものはなく、与えてもらう側の猟師たちもそのことを気にせず、自然に共同生活が成り立っているのだそうです。
本当の幸せって何なのか、わたしにとってひとつの課題になるお話でした。(左の写真はイヌイットの少女です・下記参照ページより)
(追加記事)
記事を書き終えた後で(いつものことですが)イヌイットのことが書いてあるホームページを見つけました。北極圏・やや・サバイバル劇場「カナダ北極圏との出会い」ほか・・・ 読んでいて楽しく暖かい気持ちになるページです。ご参考までに。
ブログに参加しているとたくさんの情報に囲まれ、ついつい真剣になって年甲斐もなく自分の意見を述べたりして、それに酔っている自分が嫌です。
以前にも書きましたが本来の自分のスタンスは見たまま、感じたままの子どもの目でありたかったのに、わたし自身が机上の論者になりかけているのを感じたとき、それはもう(自分の)口から出てくる平和や幸せと言う言葉が空しく、何か世の中に貢献できるのではというあさはかな思い上がりにも思えて、人を戒める前に自分自身を見つめ直す時間をとっていかなければならないと思います。
これからもなにも発言しないということではなく、もっともっと純粋に自然に湧き出た清水のように、感じたままの言葉を飾らず人の目を意識せず、書き連ねていけるよう努力したいと思っています。
もし、世の中にはっきりと正義と悪という役割があるのなら、たとえ天からの命で正義の役を仰せつかっても、そこにおごりや、言葉や力で他を制する気持ちが少しでもわいたなら、それはもう正義ではないのではないでしょうか。これは以前から感じていたことです。
常に勝ち馬に乗り続けたい気持ちの人たちもいますが(潜在的にはそれが普通だと思いますが)、むしろ勝ち馬に乗る乗らないではなく、乗ってからの己自身のあり方ではないでしょうか。
先日、ラジオでイヌイット(カナダ北部に住む先住民族)の暮らしを研究されている国立民族学博物館の岸上伸啓教授のお話を聞きました。彼らの生計は自然界で捕れる魚や海獣が主で、優れた猟師と、そうでない猟師がいたとしても、獲物は帰りを待っている家族たちに富める猟師が平等に分け与えるのだそうです。与える猟師になんら優越感のようなものはなく、与えてもらう側の猟師たちもそのことを気にせず、自然に共同生活が成り立っているのだそうです。
本当の幸せって何なのか、わたしにとってひとつの課題になるお話でした。(左の写真はイヌイットの少女です・下記参照ページより)
(追加記事)
記事を書き終えた後で(いつものことですが)イヌイットのことが書いてあるホームページを見つけました。北極圏・やや・サバイバル劇場「カナダ北極圏との出会い」ほか・・・ 読んでいて楽しく暖かい気持ちになるページです。ご参考までに。


