石橋を叩いても渡らないかも?: わたしの夏休み

2006年08月17日

わたしの夏休み

わたしの長い夏休みも終わりが近づき、以前ほど記事が書けなくなるかも知れない。けれど、ひとさまの記事を拝見するぐらいの時間は確保したいし、出来ればなんとか書き続けたい。

natuyama-3.gif何日間か、下界から離れて夏山に身を置くのもいいものだ。
新聞もない、テレビもない。携帯電話すら持って行かなかったから、毎日の行動は夜明けの蝉の鳴き声ともに目を覚まし、まだ日差しの強くならないうちに今日の予定の尾根を目指す。険しい山に挑むアルピニストとは違い、年相応のハイカーだから山々の美しい緑と胸一杯の空気を満喫できれば充分だ。天候にも恵まれ、同じように山を訪れているハイカーたちとすれ違うときに交わすなごやかな挨拶。
夏の日差しはいつまでも大地を明るく照らす。でも山の天気は変わりやすい。決めた時間は守って帰路に着く。

行きつけの宿舎は近所の村の農家のひとたちが手伝いに来てくれる。日ごろは四季とともに暮らしている人たちだ。いつも母親の後ろについて恥ずかしそうにしていた坊主がいつのまにか立派な高校生だ。夏休みだから手伝いに来てくれた。亡くなった彼の婆ちゃんが可愛い孫のために40分もバスに乗って、町に絵本を買いに行くのだと語ってくれたのは、もう一昔以上も前の話だ。婆ちゃんにすれば久しぶりの町での買い物だから嬉しそうだった。(その本屋も町に一軒しかなかったはずだ。)

夜は宿舎の庭に出て満天の星空を見上げる。
もう都会では絶対に見られない夜空だ。芝の上に仰向けになってこの星たちを眺めていると、むこうのどこかに住んでいる星人たちは、わたしたちのいる地球をなんて思って見ているのかなと想像する。幾百万の星の中の地球の存在なんて知るよしもないだろう。その地球にはびこっている我々人間の存在は、宇宙から見たらさしずめ地球という星に巣食うバイ菌ぐらいの存在かな。
もうすでに鳥たちも、みんな眠りについていて、漆黒の夜景の中に星空だけが明るく輝く。

昔、婆ちゃんが乗ったであろう一日三便のバスで、JRの来ている町まで戻る。小さな駅前にその場に不釣り合いなケバい乗用車と幾人かの若者たちがたむろしていた。お盆休みで都会から帰ってきている村出身の若者たちだろう。本線に出るまでのジーゼル(機関)車の乗客はわたし一人だけだった。

やがて発車の合図とともにケバい現実の生活に向かってジーゼル車は走り出した。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 22:42 | Comment(0) | TrackBack(2) | 日記
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