石橋を叩いても渡らないかも?: 61年目の広島にて(その2)

2006年08月08日

61年目の広島にて(その2)

hiroshima.gif夏休みも残り半分となり子どもたち相手に、早く学校が始まらないかと首を長くしてその日を待っているお母さんたちに対して、もっと長ければいいのにと思っているお父さんたち。通勤ラッシュの無い、つかの間の快適な時期でもあるからだ。
きのう、ひょんなことからYou tubeのサイトにたどり着いた。以前から個人のブログに貼り付けているのを見かけることがあって、興味はあった。ちょっとした探しものは便利。時と場合によってはこういうサイトももっと普及しても良いと思った。


おとといは半分、義務のような気持ちで記事を書いたのだけど、正直いって書きたくない。どんなに書き尽くしても起きてしまった悲惨さの何万分の一にも及ばない。書けば書くほど安っぽい反戦ブログになるような気がして避けていた。
わたしの母方は、生粋の広島人で呉に嫁いだ母と広島市外にあった分家が一軒助かっただけ。本家を始め、たくさんあった親戚もすべて全滅。だから母の身内はいつも心の中の思い出だけ。子どものころに枕元で、昔を思い出しながらポツリポツリと語ってくれた、母が子どものころの広島の話。何十回も聞かされたけれど、それを語っているときの嬉しそうな母が好きだった。


6日の記事にトラックバックして頂いた中にこんなのがあった。
「・・・・・展示を僕の近くで見ていたおばさんたちがこんなことをいっているのを聞いてしまいました。『普通の火事でもこのくらいになるわよね〜』・・・・・」
書かれた方が原爆資料館で館内を見学していたときの話です。
そうなのです。どんなに飾り付けていても60余年の年月は戦争を知らない人たちにとって、歴史博物館で石器時代の石オノを見るのと同じインパクトなのです。

それはもう、わたしの母のように生き残られた方たちの思い出としてしか残り続けることが出来ないのでしょうか。
わたしは戦争をにくみます。


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posted by ゲゲゲのイチロー at 19:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | ローカル(社会)
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