石橋を叩いても渡らないかも?: 善意が使命?

2006年07月18日

善意が使命?

一か月ほど前から、玄関横の格子に赤い簡易ポストが取り付けられて「あれ?」と気がつきはしたものの、出勤前の慌ただしい時間だから、そのままにしておいた。

本来ドアについているポストにも、毎日のように大量のダイレクトメールが入り続けていたから、そのときはすぐに忘れてしまっていたのだけれど、定期便で来る郵便物が期日を過ぎても来ない。「もしや?」と思って、例の新設簡易ポストをのぞいてみたら、たまりにたまった新聞の陰に、待ち望んでいた封書が挟まっているのを発見した。

誰か勝手にポストなんか取り付けるからこんなことになるんだと腹立たしい思いで、たまった新聞を捨てようと手にしてハタと気がついた。その新聞は「聖教新聞」。ポストが取り付けられる一週間前、勤務明けの朝帰りの日に、小柄でいつもニコニコ笑って会釈を交わすオバチャンと立ち話したっけ。あのオバチャンがポストを取り付けたんだ。

わたしは、時間が許せばどんなセールスの人でも話は聞く。それはその人の話に納得しているからではなくて、彼らが使命を持って訪問しているのだから何も聞かずに断るのは忍びなくて、とりあえずは数十分ぐらいはおつきあいするのだが、勧誘に乗ったことはない。

でも、生き生きと語り続けるカワイイオバチャンの顔を見ていて「ああ、この人はこれが生きがいなんだなあ」と思うと、むげに追い払う気にはなれない。こんな純心なオバチャンをだましている(?)上の連中が憎い。

でもオバチャン。勝手にポストつけないでね。郵便屋さんが迷ってしまうから。
今、毎日二つのポストを覗くのが日課です。

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posted by ゲゲゲのイチロー at 21:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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