石橋を叩いても渡らないかも?: 東京人VS大阪人

2006年06月30日

東京人VS大阪人

今日はウチのブログサイト(SeesaaBLOG)のクリーンアップトリオ、「がんばれ生協の白石さん!」を訪問しました。いつも変らぬスタンスはクリーンアップを持続されている風格があります。(わたしが勝手にそう思っているだけかも知れませんが)やっぱり、いちばんウケているのは短文ながらも、あのウィットの効いた回答でしょうね。oosaka.gif

今日(29日分)の掲載記事の後半に

>先日、コンビニでアルバイトをしている友人からお会計のあとお客さんから「ありがとう」と一言いわれると嬉しいという話を聞いたので、早速実践してみました。
すると店員さんからの反応は上々で、最近は心の中で“僕はなんていい人なんだろう”とほくそ笑んでいたりします。まだまだ自分はいい人になりきれていないなと感じる瞬間です。

いいなあ〜。またこの記事に対するコメントがいい。

>「まったき善い人」というのは、ありえませんので、念のため。
でも、ほんの少しでも善くしたい、そう思われてらっしゃることが伺え、少しばかし「誇らしく」思いました。
ですので「生協の白石さん」は、農工大の皆さんが「育んだ」ように思えます。
コンビニやドラッグストアのレジ打ちの人。宅配のおじいちゃん。
あの方々は、それはそれは過酷な「労働環境」の中で、作り笑顔を懸命にこさえているのです。
「人間はおよそ全く感情のないロボットであり、そのロボットを働かせる唯一の動力源、それは、「カネ」、「雇い主」サイドの発想は、本気でこうですから。そのことは、昨今の新聞を見ていても、何気にお分かり頂けるのではないでしょうか。
ですので、お客さんから「ありがとう」を言われたならば、本来持ち合わせている「人間らしい感情」を、そこでちょっとは取り戻すことができ、ほんとうにうれしく思うのでしょうね。ですから、カネを超えたところで、「ありがとう」が言えるなんて、ほんとうに素晴らしいことだとおもいます。

>関西では、レジで支払いのあと「ありがとう」「おおきに」はかなり普通だと思います。少なくとも私のまわりでは

>関西人さんに同意。少なくとも大阪では結構、普通です。
いくらお金があっても砂漠の真ん中でレストランに入って食事をできない。
お金は与えられたサービス又は商品との等価交換。だから私の欲しいそれらを売ってくれて、「ありがとう。」になる。その代わり等価交換だと感じられない店には買い物に行かないし、高いと思えば納得のできる値段まで値切る。安く手に入ったと思えば、大きな声で「ありがと〜。」
                                                                            
見栄の東京に対して、本音の大阪。
わたしも学生時代、そして社会人と、両方の街で暮らしていた経験がありますから、コメントされている方たちの言葉はよく分かります。見栄の東京で暮らしてらっしゃる「白石さん」にとって、ちょっとした冒険だったのでしょうね。本音の大阪なら当たり前のことなのに。
ちなみにわたしはコンビにで買い物しても言ってます。「ありがとう」

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posted by ゲゲゲのイチロー at 20:03 | Comment(1) | TrackBack(1) | 社会
この記事へのコメント
こんばんは。
「ありがとう」は大切ですね。
生きている感謝の気持ちは
忘れてはいけませんからね♪
Posted by トット at 2006年07月01日 17:29
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学食のしらンプリさん
Excerpt: 僕が通っていた大学には「生協」という便利なものがなかった。(言っているじゃん・・
Weblog: おもいつきジョーク:学食のしらンプリさん
Tracked: 2006-07-07 09:35

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