石橋を叩いても渡らないかも?: 一期一会から始まって その2

2006年06月26日

一期一会から始まって その2

rabender.gif7月は、北海道・中富良野のラベンダーの季節です。

30年前、道内で香料の原料としてラベンダーを農作物として作りつづけた数々の農家も合成香料の普及という思わぬ時代の波を受け、みんな採算の合わなくなったラベンダー作りに見切りをつけていきました。とうとう最後には中富良野のファーム富田一軒になってしまいました。今年限りでと、いつも心に言い聞かせながら栽培を続けていらした富田さん(当時44才)にとっても、その年は本当の正念場でした。

ある晴れた日、ラベンダー畑に大勢の人が訪れているのが目に止まりました。次の日も次の日も。もともと普段は地元の農家の人たちしか見かけない静かなところです。その不思議な集団との出会いが富田さんにとっても、中富良野にとっても未来につなぐ使者たちの出会いだったなんて、その時は知るよしもありませんでした。

その集団はカメラを持っていて、思い思いにラベンダー畑を撮り続けているのです。その中の一人が教えてくれました。「今年(75年)の国鉄のカレンダーに、この美しいラベンダー畑が載っていたんだよ。知らなかったの?」今のようにインターネットのようなものの無い時代です。この一枚のカレンダーによって富良野のラベンダー畑の存在は全国のアマチュアカメラマンに伝わり、愛好家たちは富良野を目指したのでした。

いつも訪れてくれる写真愛好家たちに、素朴な農家の富田さんのお母さんはどう、もてなしたらよいのか分からず、手持ちのハギレで作った小袋にラベンダーを詰めて、訪れてくれる人たちに差し上げることにしました。その手作りの匂い袋を持ったカメラマンたちが口伝えに、また富良野の人の優しさとラベンダー畑の美しさを全国に拡めていきました。

もともと上富良野で上田さんという方が栽培されていたラベンダーに魅せられた冨田青年(当時21才)が両親を説得し、中富良野の地に根付くよう努力され、農作物として開花されたのだそうです。その愛情や思い入れが最後の一軒になっても続けられた原動力だったともいえます。当時を振り返って語られる富田さんは「もし、あのときカレンダーにラベンダー畑が載らなかったら、またそれを見て訪れてくれた人たちとの出会いがなかったら、次の年はもう、ラベンダー畑は無くなっていたと思います。彼らが訪れ、励ましてくれた事が、もう一年、もう一年と続ける励みになったと思います」

夏の北海道にとって、いまや富良野のラベンダー畑は本土では見ることの出来ない南フランスの景観です。観光客も中富良野だけで100万人以上です。

中富良野町役場ホームページ http://www.furano.ne.jp/nakafurano/

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posted by ゲゲゲのイチロー at 08:00 | Comment(1) | TrackBack(1) | 日記
この記事へのコメント
ゲゲゲのイチローさん、こんにちは。初めまして。らんきーブログのぶいっちゃんとのコメントのやりとりに、なんだかこう、言葉ではうまく言い表せないのですが共感を覚えるような気がしてこちらにお邪魔してみました。Umeと申します。
富良野のラベンダー畑のお話、とても素晴らしいと思いました。人間は自然との交歓により、対人間にも心が開かれていく素地が作られていくのではないかと、最近小さな庭できゅうりをいじりながらつらつら考えたりしています。大自然の懐の中では、もっとシンプルに五感や六感を開放し、言葉ではないもう一つの回路でささやきあえるのだろうなと、少しうらやましく感じています。富良野は言ったことがないのですが、ぜひ行ってみたいと思いました。
あ、なんだか単に独り言をつぶやいた形になってしまいました。すみません。それではまたお邪魔させてください。
Posted by Ume at 2006年07月01日 16:24
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Tracked: 2006-07-06 07:00

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