石橋を叩いても渡らないかも?: 補足、年老いた猫

2006年05月20日

補足、年老いた猫

前回の補足記事になります。
いつものことながら時間が経って読み返すと、ここが足らない、ここが説明不足、ここは逆にも解釈できる。いやはや、自分の文章力の無さにつくづく情けなくなります。

昨日の記事で原爆資料館に再び足を踏み入れないと書いたのはリニューアルされた新しい館内に満足して行かないと言ったのではなく、幼いときに観たあのオドロオドロした恐怖は、自分がなにも理解できない子供だったからなのか、大人になって再び観たときは、冷静に見れる成人だから感じ方が変って見えたのか、自分でも判断できないまま過ごしてきました。

先日、ある三人連れのお年を召された女の方のグループとしばらくの間、行き先を伴にする機会がありました。女の人は幾つになられてもオシャベリ好きです。

会話はトントンと弾んで原爆投下の日の話になったとき、ひとりの方(三人のうち一番若い。といっても80歳は越えているとお見受けする)が「あんなもんじゃないよ(資料館のこと)・・・。あの日のことは、いまでもハッキリ覚えてるよ・・・。どこまで今の人たちに伝わるのか・・・。」さっきまでハシャイでた連れの老婦人は二人とも黙りこくってしまいました。いつまでもじっと前方をみつめていらした一番年上の方(93歳だそうです)の深くシワに刻まれたお顔が、何も語ろとしない彼女の表情が、わたしには一番印象的でした。

資料館としての構成は完璧です。おそらく権威のあるビジュアルデザイン会社に委託してリニューアルしたのでしょう。意図しなくても歴史資料として伝わることは、観る人たちに、遠い遠い、昔ばなしを聞かせるみたいで、オバケ屋敷(時代)を知っているわたしには、もう自分の行く所ではなくなったと少し寂しく感じているのです。



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posted by ゲゲゲのイチロー at 18:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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