石橋を叩いても渡らないかも?

2006年10月27日

ひとの考えは変わるもの

なんか周りのみんながいうのには、始めて会ったときの第一印象は、寡黙で近寄りがたい人だと思ったと笑いながらいうのです。(それって、ただ単に人相が悪いって言うことじゃないの。傷つく〜う)

子どもの時は引っ込み思案でおとなしい子だったんですが(今でもそうだと自分では思っていますが)、長く人間やっていると色んな事を経験し、色んな人との出会いが気がつかないうちに自分を変えていきました。いまでは社内一、おしゃべり人間だそうです(周りの評価)。

仕事は辛いこともあるけど楽しくやってます。それをわざわざ周りに言うので「うらやましいですね」と声をかけていただきます。帰ってからその話をすると「社交辞令ですよ」となかば呆れた顔で後輩に言われています。でも本当に人とお話をするのが好きなんです。話す相手は小さな子どもからおじいちゃんおばあちゃんに至るまで。

omai.gif先日、わたしが好んで拝見するブログの記事で、インターネット新聞の市民記者になって記事を掲載してみたら批判コメントばかりきて嫌になったと書かれてあるのを見て、おせっかいながらもその関連記事のコメントを見てみました。ドハズレの批判コメントもありましたけれど、多くは批判というよりも記事を見ての意見のコメントでした。

ただブログと違うところは実名掲載で、アップした記事に対してのコメントは賛否にかかわらず、全て掲載すると言う点です。気に入らないからと削除はできません。いままで書きたい放題のマイブログで褒め言葉に囲まれた環境にいた人にとって、自分の記事が意見されるのはショックだったかも知れません。

後日、そのかたは再度掲載した記事で、インターネット新聞の現在の掲載方法の見直しを提案されていました。その記事に対して寄せられたコメントは前にもまして、より厳しく批判したコメントが大半でした。数も前回よりは数倍に及んでいました。ここではとても怖くて書けませんが、あまりにも図星な意見もあって読みながら笑ってしまいました。

でも中には、ただ言われっぱなしでいるのではなく、提案という形で反論したことに驚きながらもその筆者の反骨精神を高く評価しているコメントもありました。わたしもその点はおおいに評価したいとおもいます。双方が相手に対して意見を切り捨てたりすることは、みずからコミュニケーションの場を閉ざすことになります。そのためには人の意見にも耳を傾けるということです。

ブログはいいんです。どんな事を言っても。コメント削除も自由自在です。だって楽しみながらやっているのですから。

でも、真剣にブログでどこまでコミュニケーションの輪を拡げていくことが可能か、外部へのブログの輪を拡げていこうと可能性の限界にチャレンジされているかたもおられます。人それぞれです。新たな境地に挑んでいくことはやがて人々に理解を得ます。そして感動させます。あの新庄選手のように。


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posted by ゲゲゲのイチロー at 22:01 | Comment(2) | TrackBack(5) | 社会

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