石橋を叩いても渡らないかも?

2006年06月12日

今朝、地震!

今朝、5時ごろ地震があった。うちは木造二階家なのでかなり揺れた。すぐNHKの速報を見たが、震源地は大分県で震度5弱が広島、大分、愛媛だった。すでに起きていたのだが時計を見て、一瞬11年前の阪神淡路大震災(1995年1月17日午前5時46分)を思い出した。季節は違うが、やはり早朝である。

今は初夏に近いので5時といっても明るく、すでに外気は暑い。十一年前の神戸の地震ときは、まだ真冬の朝五時過ぎだったからほとんどの人が寝入っていたと思う。規模も違うとはいえ、もしこれが同じ真冬の早朝だったらと思うとゾッとする。さいわい、ほとんど被害も出ていないようなのでまずは、一安心だ 。                                                                           
11年前の阪神淡路大震災のときも家にいた。あのときは揺れで目が覚めてテレビ速報をみたら阪神地方だというので親戚の安否が気になり、すぐ電話したのだがつながらない。その状態が終日続いた。テレビ中継で上空からリアルタイムに破壊された神戸の街が延焼していく様子が伝えられた。日本中の人が燃え盛る火がくい止められない状況をジダンダ踏んで見ていた。死者は6千余人、ほとんどが建物崩壊による圧死だった。

あの時の教訓で印象に残るのは、新建築基準で建てられた建物がほとんど大丈夫だったことで、みんなの意識の中で耐震強度の見直しが再認識された。つながらない有線電話から携帯電話へと普及に加速がついた(普及し過ぎて今度は携帯のほうがつながらない)。全国の若い人たちが被災地でのボランティア活動に大勢参加した(そのボランティアの中に現長野県知事、作家田中康夫氏の姿があった。のちの知事選に大きく影響したと思う)。

あれから11年再認識されたはずの防災意識は時間の経過とともに、人々のこころから薄らいで来ている。今朝の地震でも、NHKが揺れの大きかった町の役場に電話をしたら、当直の寝惚けたオジサンが「詳しいことは消防署に聞いてくれ」とはからずも、役所として何も把握しておらず、またそのための初動体制すら取っていないことを全国に電波で流してしまった。

実被害がなかったからよかったものの、もし大きな被害になっていたらと思うと、お上の掛け声もいつものことながら地方の末端までは届いてない。よく防災訓練で町役場の放送設備が緊急用バッテリーがアガッテいるのに気がつかないで使えなかったとかいうのと一緒だとおもった。こういう能天気なお役人は耐震偽装で作られたマンションにでも住まわして、震度5以上の地震でおもいっきり揺さぶらないと職務を自覚しないのかもしれない。                               



このページの一番上の記事へ戻ります

posted by ゲゲゲのイチロー at 14:29 | Comment(0) | TrackBack(2) | 日記

最新のTOPページへ

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。