石橋を叩いても渡らないかも?

2006年03月23日

卒業式

三月は、卒業のシーズンである。

以前のわたしの仕事は広い意味で学校関係も営業エリア(主に小、中学校)であったので、業者の立場で年間を通してお付き合いをしていた。

sotugyoushiki.gif学校にとって卒業式は大切なイベントであり最終の仕上げでもあるから、その日に向かって先生方と生徒はリハーサルに余念がない。
本番当日、日々の練習のかいあって式は静々と進み、列席した父母は我が子の成長した姿に目にハンカチをあてる。
伝統的な日本の卒業式である。

部外者のわたしにとってそれは毎年繰り返される光景であり、失礼ながら何の感情の起伏もない。(毎週末、街のあちこちで行われる結婚式にたずさわる式場の業者や、葬儀場の業者と同じ感覚である。)
褪めたわたしの視点で十年余り見つづけてきた。与えられた事は一言一句間違わずに、足の運び方まで決められた所作で完璧にやりとげるというこの進行はわたしにとっていつも不思議な状景であった。

なにか違う。

教えられたことを完璧に反復し、答える教育。
基礎の大切さはわかるけれど、それらのマニュアルから外れるれることを微塵も許さない雰囲気。
あらかじめ用意され、練習に練習を積んだ送辞と答辞の言葉。
子供たちの創意と主張がみえない。
しょせん大人たちによって与えられたシナリオ。

今教育はある意味でいろんな問題を抱え岐路に立たされている。
本当の子供たちの声が訊きたい。


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posted by ゲゲゲのイチロー at 06:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 教育

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